第四章 それ以外、望まないから。
それから二ヶ月が経ち、季節は春から夏へと移り変わろうとしていた。
その間、私たちは何度かクレープ屋で寄り道をしたり、母が家にいない日に彼の家へお泊まりしたりもした。当然、教室では私たちの関係が噂にになり、悪口を言われることも増えていった。
けれど、不思議と前ほど気にならなくなっていた。彼がそばにいてくれるーーそれだけで、強くなれた気がしていた。
そんな幸せな日々が続いたある日。
「今日はお母さんが家にいない日なの! どこか行く?」
放課後、勇気を出して私から声をかけた。
「え、ごめん! 今日は予定があって、一緒に帰れないんだ」
「あ、そっか! 全然大丈夫だよ! また明日学校で会おう!」
「本当ごめんね……! あ、じゃあ、明日時間あったらクレープ屋行こう?」
「うん! 行きたい!」
「よし、決定! じゃあ明日ねー」
何の違和感もなく、そう約束を交わした。
でもーー次の日。
「本当ごめん! 今日急に予定入っちゃって、クレープ行けなくなっちゃった」
「ううん、大丈夫! 用事、頑張ってね!」
「ありがとう! かえでちゃんも気をつけて帰るんだよ!」
彼は大きく手を振りながら、あっという間に走り去っていった。私は小さく手を振りながら、ほんの少しだけ胸の奥に違和感を覚えた。
ーーでも、気のせいだと言い聞かせた。
それからも、そんな日が続いた。
「ごめん、今日は予定があって」
「ちょっとバタバタしてて……」
次第に、彼と一緒に帰る日が減っていった。学校では変わらず話してくれる。
けれど、お昼の時間になるとーー
「今日、お弁当持つまで来るの忘れちゃってさ」
「さっき購買で食べちゃったんだよね」
そんな言い訳が増え、一緒にお昼を食べることもなくなっていった。
気づけば、彼との時間が少しずつ減っていた。
そしてーー胸の奥の違和感は、日に日に大きくなっていった。
「やっぱり、全部偽りだったんじゃないか」
「私のことが、もういらなくなったんじゃないか。」
頭の中で、そんな考えがぐるぐると渦を巻く。
楽しかったはずの思い出が、色あせていくようだった。
ーー夏休みが始まるまで、あと一か月。それまでに、どうしても急に冷たくなったのか、私は會野くんに聞きたかった。
「今日の授業はここまでー! もうすぐ夏休みだから、ロッカーの整理しとけよー!」
担任の先生が声を張ると、クラスのみんなが元気よく返事をする。
「ロッカーの整理? 来週でいいよね?」
「うん! ギリギリで大丈夫でしょ!」
そんな会話が交わされ、ほとんどの生徒がそのまま下校していった。
私はーーすることもないし、早めに終わらせておこうかな。そう思い、ロッカーに向かった
「かえでちゃん!」
「ひゃっ!」
思わず飛び上がった。
もう帰ったと思っていた會野くんが、すぐ後ろにいた。
「もう、びっくりした……!」
「ごめんごめん! ロッカーの整理?」
「うん、もうすぐ夏休みだし。」
「えらい! じゃあ、俺もやっちゃおうー。」
まるで以前と変わらない態度で話しかけてくる彼。……あんなに距離ができたのに?
私はなんとなくモヤモヤした気持ちを抱えたまま、作業を続けた。
「今日は、早く帰らなくていいの?」
「うん、今日は急ぎの用事ないからね。」
「そっか。」
彼は楽しそうに鼻歌を歌いながら、ロッカーの中身を整理している。
……気にしてるのって、私だけなのかな?
そう思ったら、いてもたってもいられなくなった。
「ねえ。」
「ん?」
「最近、私のこと避けてない?」
彼の手がピタッ止まった。
「え、全然避けてないよ!」
そう言って、私のほうを見る彼。
「本当に?」
「うん! 俺、かえでちゃんのこと大好きだし、そんなことしないよ! なんで?」
「……なんか、一緒に帰らなくなったし、お昼も食べる回数減ったなって……」
言い終わると、彼の目が一瞬泳いだ。
「それは……ごめん!」
急に声が小さくなる。
「でも! 別にかえでちゃんのことが嫌いになったわけじゃないから!それだけは信じて!」
「……わ、分かった。」
それ以上は、聞けなかった。しつこく問い詰めたら、嫌われてしまいそうでーー。
でも、私は知っている。
彼は嘘をつく時必ず目が泳ぐ。数ヶ月一緒に過ごして、それが分かるようになってしまった。
それから数日ーー何も変わらないまま、時間だけが過ぎていった。
彼との距離は縮まらない。
相変わらず、お昼を一緒に食べることもなく、一緒に帰ることも減ったまま。
そんな中、ある噂が広まり始めた。
「ねえ、聞いた? 會野くん、あの学校一美人の鈴葉さんと一緒に帰ってるらしいよ!」
「え、めっちゃお似合いじゃん! 付き合っちゃうんじゃない?」
クラスの会話だけでなく、廊下や階段、どこへ行ってもそんな声が聞こえてくる。
ーーまた、くだらない噂が流れてる。
私は聞こえないふりをして、無理やり閉ざした。
「こんなの、ただの噂。私は絶対に信じない。」
會野くんのことを知っている私が、一番分かってる。
でもーー。
思い当たる節はいくつもあった。
一緒に帰らなくなったこと。お昼も別々になったこと。最近、彼が何かを隠しているように見えること。……それに、鈴葉さんは私なんかよりずっと綺麗で、お似合いなのも事実だ。
そう気づいた瞬間、胸の奥で大切にしていた何かが、バリバリと音を立てて崩れていくのを感じた。心に残っていた最後の希望。いや、錯覚が、冷たく砕け散る。
「……やっぱり、全部うそだったんだ。」
「私なんかが、大切にされるはずがなかったんだ。」
気づけば、私はただ立ち尽くしていた。何も考えられない。
ただ、胸の奥がスカスカに空っぽになったような感覚だけが残っていた。
ーーそんなときだった。
「かえでちゃん!」
振り向くと、そこには無邪気な笑顔の彼がいた。
「今日は一緒に帰れるから、久しぶりに帰ろう!」
楽しそうに、いつもと変わらない声で話しかけてくる。……まるで何もなかったかのように。
「嘘だよね……」
気づいたら、口から本音がこぼれていた。自分でも驚くほど、小さな声だった。
だけど、それを言った瞬間ーーぐちゃぐちゃに押し殺していた感情が、一気にあふれ出した。
優しい言葉に騙されていた悔しさ。無理に信じ続けた自分の愚かさ。そして、彼に対する怒り。それが渦巻き、胸の奥でぐらぐら煮えたぎる。
こんな気持ちになるくらいならーー最初から一人でいたほうが、ずっとマシだった。
會野くんの言葉は、私にとって救いではなく、ただのナイフになっていた。
どうしてこんなにも心が痛むんだろう。どうしてーー。
「ん? どうしたの? そんな暗い顔して。なんかあった?」
彼が私の顔を覗き込む。
ーーきっと、今の私はひどい顔をしている。まるで、墓の下から這い出てきたみたいに。それからい、心の中はぐちゃぐちゃだった。
「……もう、心配するふりなんてしないで!」
「え?」
予想もしていなかった私の言葉に、彼の動きが止まる。
ーーいいよ、もう。
「私に言ってくれた気持ちも、全部嘘なんでしょ?」
「……どうした、急に?」
「とぼけないでよ!!」
心の奥底から噴き出すように叫んだ。
私は會野くんと出会って変われた。一緒に笑った日々。どんな時も隣にいてくれた嬉しさ。會野くんがいたから、私は幸せだった。……だったのに。
全部、嘘だったの。
「かえでちゃん……?」
「私、聞いたよ。」
震える声で言う。
「放課後鈴、葉さんと一緒に帰ってるって。付き合うって話も……」
「……は?」
「もう、嘘つかなくていいよ。」
彼の口から、本当のことを聞きたかった。
なのに、私はまた、こんなふうに問い詰めることしかできない。
「私を好きって言う気持ちも、今までのことも……」
「ーー全部嘘だったんでしょ?」
「だから、何言ってんのか分かんないよ!」
會野くんの声が、一気に大きくなる。
「かえでちゃんのこと、好きなのは今でも変わらないし、今までやってきたことも俺が心の底から望んでやってきたことだ! 嘘じゃない!」
「……じゃあ、なんで?」
私の声は震えていた。
「なんで私じゃなくて、鈴葉さんと帰ってたの?」
「……本当に俺、あいつとなんか帰ってないし、お前しか見えてない! 本当だ!」
「じゃあ、なんで?」
必死に声を絞り振る。
「なんで何も言わずに、1人で帰るの? お昼の時も……!!」
「それは……」
會野くんの声が、一瞬詰まる。
その沈黙が、何よりも答えだった。
「ほら、やっぱり言えないじゃん。」
追い詰めるように言うと、彼は何も言い返せず、黙り込んでしまった。図生だったんだ。
そう確信した瞬間、張り詰めた空気がさらに重くなる。
沈黙が数秒続くだけでまるで、時間が止まったみたいに感じた。息が詰まりそうなくらい、冷たい空気が私たちを包み込んでいた。
次に彼が口にした言葉は、そんな冷え切った空気をさらに凍らせるものだった。
「俺、病気なんだ。」
「……え?」
一瞬、意味がわからなかった。
いくらなんでも、この場を乗り切るために、そんな嘘をつくなんて。
「流石にそんな嘘は通用しないよ。」
「嘘じゃない。」
會野くんの声は静かだった。
「俺、心臓の病気で……放課後は検査のために病院に行ってたんだ。」
「……ねぇ、嘘……だよね?」
でも、彼が真っ直ぐに私を見るその瞳には迷いも嘘もなかった。
「ごめん、まだ誰にも言ってなかったんだ。特にかえでちゃんには……どうしても言えなくて。」
「え……?」
その瞬間、私は理解した。
私が勝手に疑って、責めて、彼を傷つけていたんだ。
自分が信じていた「嘘」が、嘘じゃなかったと気づいたとき。驚きと、そして、取り返しのつかない後悔が胸を締め付けた。
「ごめんな……黙ってて。でも、それ以外は全部本当だから。」
「……うっ……」
こらえきれずに、涙が溢れた。
視界がぼやける。
「おい、泣くなよ!」
焦る彼の声。
でも、止められなかった。
自分が酷いことを言ってしまった後悔と、彼が今まで一人で抱えてきた苦しさを思うと、どうしようもなく涙が出た。
「……っ」
ーー次の瞬間。
唇に柔らかい感触が触れた。
「……え?」
一瞬で触れた唇に、私は呆然とする。
「かえでちゃんは、笑った顔が可愛い。」
彼は、私の頬をそっと撫でながら言った。
「だから、こんなことで泣くな。いいな?」
優しくて、あたたかくて、今にも消えそうな、儚い手つきだった。
「……ありがとう……」
「って、おい! せっかく涙拭いたばっかりなのに、また泣くなよ!」
拭いても拭いても、次から次へと涙が溢れてくる。
「もしかして、またキスしてほしいのかー?」
「……っ、違う……っ!」
「ほほ、本当に可愛いな。」
彼が口元を緩ませた、その瞬間ーー
「チュッ。」
ーーまた、唇が触れた。
「……っ、だから、そういうのじゃ、ない……っ!」
「わりぃ、今のは俺がしたかった。」
「……え?」
耳まで真っ赤にしながら、彼は恥ずかしそうに口元を抑えた。
「んー、もういいから帰るぞ!」
「え、ちょっと待って!」
慌てて涙を拭いて、彼の背中を追いかける。
聞きたいことは、まだたくさんあったけどーー
それでも、今はただ、彼の後ろをついていくことしかできなかった。
久しぶりに二人きりで歩く帰り道。
「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」
「うん、いいよ。」
本当は、聞きたいことなんて山ほどあった。でも、彼にも言いたくないことがあるはずだし、無理に聞き出してまた距離ができてしまうのが怖かった。だから、今、一番確かめたいことだけを口にする。
「……會野くん、死なないよね?」
「そりゃ、人間なんだから、みんな同じだろ!」
「いや、そうじゃなくて!」
「どういう意味?」
ーーわかってるくせに。
久しぶりに二人きりだから、なのか。それとも、答えたくない理由があるのか。彼はまるで誤魔化すように、軽く笑ってみせる。
「だから……その病気で、死なないよねってこと。」
「んー、どうだろうな。」
彼はちょっとだけ考えるふりをして、ニコッと笑った。
「まぁ、俺は全然死ぬ気ないけど。」
まるで「生きてると面白いことがいっぱいあるんだよ」って言いたげな、そんな笑顔だった。
その顔を見て、少しだけ安心する。
「……やっぱり、會野くんは私と違って、強いな。」
「俺、小さい頃から心臓が弱かったんだ。」
ふいに、彼がぽつりと話し始めた。
彼と毎日一緒に過ごしてきたのに、そういえば、彼自身のことを聞いたことはなかった。
「治りにくい病気らしくてさ。医者には、高校に上がるのも難しいかもしれないって言われてた。」
「……え?」
驚いて彼を見ると、彼は苦笑いしながら続けた。
「マジで笑っちゃうよな。高校生活、めっちゃ楽しみにしてたのにさ。」
笑ってはいるけど、その表情はいつもの明るさとは少し違っていた。寂しさと、悲しさが滲んでいる。
そんな顔、今まで見たことがなかった。
「でも、俺は高校には絶対行くって決めてたし、文化祭も修学旅行も、まだまだ楽しいことがいっぱいあるじゃん!」
そう言う彼の声は、どこまでも前向きだった。
「……うん! あるね。」
彼の言葉に、私も笑顔で頷く。
すると、彼の顔がぱっと明るくなった。
「あ、今ので思い出した! 文化祭、一緒に回ろう!」
「え、私そのつもりだったけど?」
「本当に? やったー!」
嬉しそうに拳を握る彼は、まるでおもちゃを買ってもらった子供みたいでーー思わず、ふふっと笑ってしまった。
「じゃあ、修学旅行も同じ班だからな! 約束!」
「はいはい、わかってますよー。」
ーーまだまだ、これから。
彼がそう思ってくれているなら、きっと、大丈夫。そう信じたくなった。
「あ、今日はここまででいいよ。」
彼の話に夢中になっていたら、いつの間にかすくい公園まで来ていた。
「え、なんで? 家まで送るよ。」
「いや、でも……」
心臓の病気のことを聞いたばかりで、彼の体が今どれくらい悪いのか、この病気が治るのかーー何もわかっていなかった。それなのに、わざわざ、家まで送ってもらうなんて、なんだか申し訳なくて。
「まさか、病気のこと気にしてるの?」
彼は少し驚いたような顔をして、すぐに笑った。
「大丈夫だよ! 治療のおかげて、前よりずっと良くなってるし。」
「……でも。」
「もぅー、かえでちゃんはいつも通りでいいの! 何も心配することないから!」
そう言うと、彼は私の手をぎゅっと握った。
「ほら、行くよ。」
私はためらいながらも、その手に引かれるまま歩き出した。ーーあたたかい。手のひらに伝わる体温が、やけに心地よかった。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
手を引かれながらも、もう一度たずねる。
「大丈夫!」
彼は軽く笑って答えた。
「……あ、でも。」
「でも?」
少し気になって彼の顔を覗き込むと、彼は急に眉を下げ、まるで子犬のような目で私を見つめてきた。
「かえでちゃんが他の男に取られたら、俺ダメかも。」
「……っ!」
心臓が一瞬、ぎゅっと縮こまる。ーーそんな顔、ずるい。
思わず、彼の顔から視線を逸らしながら言った。
「そんな顔しなくても……會野くん以外の男子には行きませんよー。」
自分で言っておきながら、顔が熱くなるのがわかった。
ーーこんな時でも冗談で場を和ませるなんて、簡単にできることじゃないのに。
「そういえばさ、呼び方、かえででいいよ。」
「え?」
「今までなんとなく『ちゃん』付けだったじゃん? だから、もう呼び捨てでいいよ。」
「……そ、そう?」
急な提案に戸惑っていると、彼がにやっと笑って続けた。
「じゃあ、俺のことも『會野』って呼んで。」
「……會野。」
口にしてみると、妙にくすぐったかった。
「ん、いい感じ」
満足そうに頷いた彼は、少し間をおいてーー
「かえで。」
「つ!?」
不意に呼ばれて、びくっと肩が跳ねる。
ーーえ、何これ、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「ほら、俺は?」
「……會野!」
精一杯、声を出した。
すると、彼は満足そうに笑いながら、もう一度私の手を握りしめた。
「よし! 行くぞ、かえで!」
「……うん!」
名前を呼び合っただけなのに、心臓がどくどくと音を立てる。
顔が熱い。手まで熱い。きっと、今の私はーーりんごみたいに真っ赤になってる。
「家まで送ってくれてありがとう! それと、学校では強く言っちゃってごめんね。」
「かえでが謝ることじゃないよ。俺が勘違いさせるような行動をしちゃったからごめんな。」
「そんなことない。」
私は首を横に振り、きっぱりと否定した。
彼は少しだけ驚いたような表情を見せたあと、ニコッと笑った。
「じゃあ、また明日学校でな。寝坊するなよ。」
「それは私のセリフ! 気をつけて帰ってね。」
「おう!」
お互いに大きく手を振り、私は彼の姿が見えなくなるまで見送り続けた。
家に帰ると、やっぱり母親はいなかった。もう何週間も帰ってきていない。机の上には、無造作に置かれたお金。私はそれを見て、ため息をついた。
幼い頃から家では暴力を振るわれていた。だから、誰もいない家のほうがよっぽど落ち着く。静まり返った部屋で食事を済ませ、ベットにダイブした。
會野くんとの誤解も解けたし、恐怖の元になる親もいない。なのに、どうしてか眠れない。
「……あー、もう! なんで寝れないんだろう。」
頭の中で、あのとき彼が話してくれた病気のことが渦を巻く。考えまいとしても、どんどん不安が膨れ上がっていく。「このまま何もできずに、目の前からいなくなってしまうんじゃないか」「寝ている間に、病気が悪化してしまうんじゃないか」最悪の想像ばかり浮かぶ。
いてもたってもいられなくなり、私はガバッと上半身を起こした。
ーーこんなふうに考えているだけじゃ、何も変わらない。
衝動的にベッドを飛び出し、鍵をかけずに外へ駆け出した。夜風が肌を刺すように冷たい。だが、そんなことを気にしている場合じゃなかった。
向かったのは、二十四時間営業のブックカフェ。扉を押し開け、明るい店内に足を踏み入れると、私は迷わず医学書の棚へ向かった。
それから二ヶ月が経ち、季節は春から夏へと移り変わろうとしていた。
その間、私たちは何度かクレープ屋で寄り道をしたり、母が家にいない日に彼の家へお泊まりしたりもした。当然、教室では私たちの関係が噂にになり、悪口を言われることも増えていった。
けれど、不思議と前ほど気にならなくなっていた。彼がそばにいてくれるーーそれだけで、強くなれた気がしていた。
そんな幸せな日々が続いたある日。
「今日はお母さんが家にいない日なの! どこか行く?」
放課後、勇気を出して私から声をかけた。
「え、ごめん! 今日は予定があって、一緒に帰れないんだ」
「あ、そっか! 全然大丈夫だよ! また明日学校で会おう!」
「本当ごめんね……! あ、じゃあ、明日時間あったらクレープ屋行こう?」
「うん! 行きたい!」
「よし、決定! じゃあ明日ねー」
何の違和感もなく、そう約束を交わした。
でもーー次の日。
「本当ごめん! 今日急に予定入っちゃって、クレープ行けなくなっちゃった」
「ううん、大丈夫! 用事、頑張ってね!」
「ありがとう! かえでちゃんも気をつけて帰るんだよ!」
彼は大きく手を振りながら、あっという間に走り去っていった。私は小さく手を振りながら、ほんの少しだけ胸の奥に違和感を覚えた。
ーーでも、気のせいだと言い聞かせた。
それからも、そんな日が続いた。
「ごめん、今日は予定があって」
「ちょっとバタバタしてて……」
次第に、彼と一緒に帰る日が減っていった。学校では変わらず話してくれる。
けれど、お昼の時間になるとーー
「今日、お弁当持つまで来るの忘れちゃってさ」
「さっき購買で食べちゃったんだよね」
そんな言い訳が増え、一緒にお昼を食べることもなくなっていった。
気づけば、彼との時間が少しずつ減っていた。
そしてーー胸の奥の違和感は、日に日に大きくなっていった。
「やっぱり、全部偽りだったんじゃないか」
「私のことが、もういらなくなったんじゃないか。」
頭の中で、そんな考えがぐるぐると渦を巻く。
楽しかったはずの思い出が、色あせていくようだった。
ーー夏休みが始まるまで、あと一か月。それまでに、どうしても急に冷たくなったのか、私は會野くんに聞きたかった。
「今日の授業はここまでー! もうすぐ夏休みだから、ロッカーの整理しとけよー!」
担任の先生が声を張ると、クラスのみんなが元気よく返事をする。
「ロッカーの整理? 来週でいいよね?」
「うん! ギリギリで大丈夫でしょ!」
そんな会話が交わされ、ほとんどの生徒がそのまま下校していった。
私はーーすることもないし、早めに終わらせておこうかな。そう思い、ロッカーに向かった
「かえでちゃん!」
「ひゃっ!」
思わず飛び上がった。
もう帰ったと思っていた會野くんが、すぐ後ろにいた。
「もう、びっくりした……!」
「ごめんごめん! ロッカーの整理?」
「うん、もうすぐ夏休みだし。」
「えらい! じゃあ、俺もやっちゃおうー。」
まるで以前と変わらない態度で話しかけてくる彼。……あんなに距離ができたのに?
私はなんとなくモヤモヤした気持ちを抱えたまま、作業を続けた。
「今日は、早く帰らなくていいの?」
「うん、今日は急ぎの用事ないからね。」
「そっか。」
彼は楽しそうに鼻歌を歌いながら、ロッカーの中身を整理している。
……気にしてるのって、私だけなのかな?
そう思ったら、いてもたってもいられなくなった。
「ねえ。」
「ん?」
「最近、私のこと避けてない?」
彼の手がピタッ止まった。
「え、全然避けてないよ!」
そう言って、私のほうを見る彼。
「本当に?」
「うん! 俺、かえでちゃんのこと大好きだし、そんなことしないよ! なんで?」
「……なんか、一緒に帰らなくなったし、お昼も食べる回数減ったなって……」
言い終わると、彼の目が一瞬泳いだ。
「それは……ごめん!」
急に声が小さくなる。
「でも! 別にかえでちゃんのことが嫌いになったわけじゃないから!それだけは信じて!」
「……わ、分かった。」
それ以上は、聞けなかった。しつこく問い詰めたら、嫌われてしまいそうでーー。
でも、私は知っている。
彼は嘘をつく時必ず目が泳ぐ。数ヶ月一緒に過ごして、それが分かるようになってしまった。
それから数日ーー何も変わらないまま、時間だけが過ぎていった。
彼との距離は縮まらない。
相変わらず、お昼を一緒に食べることもなく、一緒に帰ることも減ったまま。
そんな中、ある噂が広まり始めた。
「ねえ、聞いた? 會野くん、あの学校一美人の鈴葉さんと一緒に帰ってるらしいよ!」
「え、めっちゃお似合いじゃん! 付き合っちゃうんじゃない?」
クラスの会話だけでなく、廊下や階段、どこへ行ってもそんな声が聞こえてくる。
ーーまた、くだらない噂が流れてる。
私は聞こえないふりをして、無理やり閉ざした。
「こんなの、ただの噂。私は絶対に信じない。」
會野くんのことを知っている私が、一番分かってる。
でもーー。
思い当たる節はいくつもあった。
一緒に帰らなくなったこと。お昼も別々になったこと。最近、彼が何かを隠しているように見えること。……それに、鈴葉さんは私なんかよりずっと綺麗で、お似合いなのも事実だ。
そう気づいた瞬間、胸の奥で大切にしていた何かが、バリバリと音を立てて崩れていくのを感じた。心に残っていた最後の希望。いや、錯覚が、冷たく砕け散る。
「……やっぱり、全部うそだったんだ。」
「私なんかが、大切にされるはずがなかったんだ。」
気づけば、私はただ立ち尽くしていた。何も考えられない。
ただ、胸の奥がスカスカに空っぽになったような感覚だけが残っていた。
ーーそんなときだった。
「かえでちゃん!」
振り向くと、そこには無邪気な笑顔の彼がいた。
「今日は一緒に帰れるから、久しぶりに帰ろう!」
楽しそうに、いつもと変わらない声で話しかけてくる。……まるで何もなかったかのように。
「嘘だよね……」
気づいたら、口から本音がこぼれていた。自分でも驚くほど、小さな声だった。
だけど、それを言った瞬間ーーぐちゃぐちゃに押し殺していた感情が、一気にあふれ出した。
優しい言葉に騙されていた悔しさ。無理に信じ続けた自分の愚かさ。そして、彼に対する怒り。それが渦巻き、胸の奥でぐらぐら煮えたぎる。
こんな気持ちになるくらいならーー最初から一人でいたほうが、ずっとマシだった。
會野くんの言葉は、私にとって救いではなく、ただのナイフになっていた。
どうしてこんなにも心が痛むんだろう。どうしてーー。
「ん? どうしたの? そんな暗い顔して。なんかあった?」
彼が私の顔を覗き込む。
ーーきっと、今の私はひどい顔をしている。まるで、墓の下から這い出てきたみたいに。それからい、心の中はぐちゃぐちゃだった。
「……もう、心配するふりなんてしないで!」
「え?」
予想もしていなかった私の言葉に、彼の動きが止まる。
ーーいいよ、もう。
「私に言ってくれた気持ちも、全部嘘なんでしょ?」
「……どうした、急に?」
「とぼけないでよ!!」
心の奥底から噴き出すように叫んだ。
私は會野くんと出会って変われた。一緒に笑った日々。どんな時も隣にいてくれた嬉しさ。會野くんがいたから、私は幸せだった。……だったのに。
全部、嘘だったの。
「かえでちゃん……?」
「私、聞いたよ。」
震える声で言う。
「放課後鈴、葉さんと一緒に帰ってるって。付き合うって話も……」
「……は?」
「もう、嘘つかなくていいよ。」
彼の口から、本当のことを聞きたかった。
なのに、私はまた、こんなふうに問い詰めることしかできない。
「私を好きって言う気持ちも、今までのことも……」
「ーー全部嘘だったんでしょ?」
「だから、何言ってんのか分かんないよ!」
會野くんの声が、一気に大きくなる。
「かえでちゃんのこと、好きなのは今でも変わらないし、今までやってきたことも俺が心の底から望んでやってきたことだ! 嘘じゃない!」
「……じゃあ、なんで?」
私の声は震えていた。
「なんで私じゃなくて、鈴葉さんと帰ってたの?」
「……本当に俺、あいつとなんか帰ってないし、お前しか見えてない! 本当だ!」
「じゃあ、なんで?」
必死に声を絞り振る。
「なんで何も言わずに、1人で帰るの? お昼の時も……!!」
「それは……」
會野くんの声が、一瞬詰まる。
その沈黙が、何よりも答えだった。
「ほら、やっぱり言えないじゃん。」
追い詰めるように言うと、彼は何も言い返せず、黙り込んでしまった。図生だったんだ。
そう確信した瞬間、張り詰めた空気がさらに重くなる。
沈黙が数秒続くだけでまるで、時間が止まったみたいに感じた。息が詰まりそうなくらい、冷たい空気が私たちを包み込んでいた。
次に彼が口にした言葉は、そんな冷え切った空気をさらに凍らせるものだった。
「俺、病気なんだ。」
「……え?」
一瞬、意味がわからなかった。
いくらなんでも、この場を乗り切るために、そんな嘘をつくなんて。
「流石にそんな嘘は通用しないよ。」
「嘘じゃない。」
會野くんの声は静かだった。
「俺、心臓の病気で……放課後は検査のために病院に行ってたんだ。」
「……ねぇ、嘘……だよね?」
でも、彼が真っ直ぐに私を見るその瞳には迷いも嘘もなかった。
「ごめん、まだ誰にも言ってなかったんだ。特にかえでちゃんには……どうしても言えなくて。」
「え……?」
その瞬間、私は理解した。
私が勝手に疑って、責めて、彼を傷つけていたんだ。
自分が信じていた「嘘」が、嘘じゃなかったと気づいたとき。驚きと、そして、取り返しのつかない後悔が胸を締め付けた。
「ごめんな……黙ってて。でも、それ以外は全部本当だから。」
「……うっ……」
こらえきれずに、涙が溢れた。
視界がぼやける。
「おい、泣くなよ!」
焦る彼の声。
でも、止められなかった。
自分が酷いことを言ってしまった後悔と、彼が今まで一人で抱えてきた苦しさを思うと、どうしようもなく涙が出た。
「……っ」
ーー次の瞬間。
唇に柔らかい感触が触れた。
「……え?」
一瞬で触れた唇に、私は呆然とする。
「かえでちゃんは、笑った顔が可愛い。」
彼は、私の頬をそっと撫でながら言った。
「だから、こんなことで泣くな。いいな?」
優しくて、あたたかくて、今にも消えそうな、儚い手つきだった。
「……ありがとう……」
「って、おい! せっかく涙拭いたばっかりなのに、また泣くなよ!」
拭いても拭いても、次から次へと涙が溢れてくる。
「もしかして、またキスしてほしいのかー?」
「……っ、違う……っ!」
「ほほ、本当に可愛いな。」
彼が口元を緩ませた、その瞬間ーー
「チュッ。」
ーーまた、唇が触れた。
「……っ、だから、そういうのじゃ、ない……っ!」
「わりぃ、今のは俺がしたかった。」
「……え?」
耳まで真っ赤にしながら、彼は恥ずかしそうに口元を抑えた。
「んー、もういいから帰るぞ!」
「え、ちょっと待って!」
慌てて涙を拭いて、彼の背中を追いかける。
聞きたいことは、まだたくさんあったけどーー
それでも、今はただ、彼の後ろをついていくことしかできなかった。
久しぶりに二人きりで歩く帰り道。
「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」
「うん、いいよ。」
本当は、聞きたいことなんて山ほどあった。でも、彼にも言いたくないことがあるはずだし、無理に聞き出してまた距離ができてしまうのが怖かった。だから、今、一番確かめたいことだけを口にする。
「……會野くん、死なないよね?」
「そりゃ、人間なんだから、みんな同じだろ!」
「いや、そうじゃなくて!」
「どういう意味?」
ーーわかってるくせに。
久しぶりに二人きりだから、なのか。それとも、答えたくない理由があるのか。彼はまるで誤魔化すように、軽く笑ってみせる。
「だから……その病気で、死なないよねってこと。」
「んー、どうだろうな。」
彼はちょっとだけ考えるふりをして、ニコッと笑った。
「まぁ、俺は全然死ぬ気ないけど。」
まるで「生きてると面白いことがいっぱいあるんだよ」って言いたげな、そんな笑顔だった。
その顔を見て、少しだけ安心する。
「……やっぱり、會野くんは私と違って、強いな。」
「俺、小さい頃から心臓が弱かったんだ。」
ふいに、彼がぽつりと話し始めた。
彼と毎日一緒に過ごしてきたのに、そういえば、彼自身のことを聞いたことはなかった。
「治りにくい病気らしくてさ。医者には、高校に上がるのも難しいかもしれないって言われてた。」
「……え?」
驚いて彼を見ると、彼は苦笑いしながら続けた。
「マジで笑っちゃうよな。高校生活、めっちゃ楽しみにしてたのにさ。」
笑ってはいるけど、その表情はいつもの明るさとは少し違っていた。寂しさと、悲しさが滲んでいる。
そんな顔、今まで見たことがなかった。
「でも、俺は高校には絶対行くって決めてたし、文化祭も修学旅行も、まだまだ楽しいことがいっぱいあるじゃん!」
そう言う彼の声は、どこまでも前向きだった。
「……うん! あるね。」
彼の言葉に、私も笑顔で頷く。
すると、彼の顔がぱっと明るくなった。
「あ、今ので思い出した! 文化祭、一緒に回ろう!」
「え、私そのつもりだったけど?」
「本当に? やったー!」
嬉しそうに拳を握る彼は、まるでおもちゃを買ってもらった子供みたいでーー思わず、ふふっと笑ってしまった。
「じゃあ、修学旅行も同じ班だからな! 約束!」
「はいはい、わかってますよー。」
ーーまだまだ、これから。
彼がそう思ってくれているなら、きっと、大丈夫。そう信じたくなった。
「あ、今日はここまででいいよ。」
彼の話に夢中になっていたら、いつの間にかすくい公園まで来ていた。
「え、なんで? 家まで送るよ。」
「いや、でも……」
心臓の病気のことを聞いたばかりで、彼の体が今どれくらい悪いのか、この病気が治るのかーー何もわかっていなかった。それなのに、わざわざ、家まで送ってもらうなんて、なんだか申し訳なくて。
「まさか、病気のこと気にしてるの?」
彼は少し驚いたような顔をして、すぐに笑った。
「大丈夫だよ! 治療のおかげて、前よりずっと良くなってるし。」
「……でも。」
「もぅー、かえでちゃんはいつも通りでいいの! 何も心配することないから!」
そう言うと、彼は私の手をぎゅっと握った。
「ほら、行くよ。」
私はためらいながらも、その手に引かれるまま歩き出した。ーーあたたかい。手のひらに伝わる体温が、やけに心地よかった。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
手を引かれながらも、もう一度たずねる。
「大丈夫!」
彼は軽く笑って答えた。
「……あ、でも。」
「でも?」
少し気になって彼の顔を覗き込むと、彼は急に眉を下げ、まるで子犬のような目で私を見つめてきた。
「かえでちゃんが他の男に取られたら、俺ダメかも。」
「……っ!」
心臓が一瞬、ぎゅっと縮こまる。ーーそんな顔、ずるい。
思わず、彼の顔から視線を逸らしながら言った。
「そんな顔しなくても……會野くん以外の男子には行きませんよー。」
自分で言っておきながら、顔が熱くなるのがわかった。
ーーこんな時でも冗談で場を和ませるなんて、簡単にできることじゃないのに。
「そういえばさ、呼び方、かえででいいよ。」
「え?」
「今までなんとなく『ちゃん』付けだったじゃん? だから、もう呼び捨てでいいよ。」
「……そ、そう?」
急な提案に戸惑っていると、彼がにやっと笑って続けた。
「じゃあ、俺のことも『會野』って呼んで。」
「……會野。」
口にしてみると、妙にくすぐったかった。
「ん、いい感じ」
満足そうに頷いた彼は、少し間をおいてーー
「かえで。」
「つ!?」
不意に呼ばれて、びくっと肩が跳ねる。
ーーえ、何これ、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「ほら、俺は?」
「……會野!」
精一杯、声を出した。
すると、彼は満足そうに笑いながら、もう一度私の手を握りしめた。
「よし! 行くぞ、かえで!」
「……うん!」
名前を呼び合っただけなのに、心臓がどくどくと音を立てる。
顔が熱い。手まで熱い。きっと、今の私はーーりんごみたいに真っ赤になってる。
「家まで送ってくれてありがとう! それと、学校では強く言っちゃってごめんね。」
「かえでが謝ることじゃないよ。俺が勘違いさせるような行動をしちゃったからごめんな。」
「そんなことない。」
私は首を横に振り、きっぱりと否定した。
彼は少しだけ驚いたような表情を見せたあと、ニコッと笑った。
「じゃあ、また明日学校でな。寝坊するなよ。」
「それは私のセリフ! 気をつけて帰ってね。」
「おう!」
お互いに大きく手を振り、私は彼の姿が見えなくなるまで見送り続けた。
家に帰ると、やっぱり母親はいなかった。もう何週間も帰ってきていない。机の上には、無造作に置かれたお金。私はそれを見て、ため息をついた。
幼い頃から家では暴力を振るわれていた。だから、誰もいない家のほうがよっぽど落ち着く。静まり返った部屋で食事を済ませ、ベットにダイブした。
會野くんとの誤解も解けたし、恐怖の元になる親もいない。なのに、どうしてか眠れない。
「……あー、もう! なんで寝れないんだろう。」
頭の中で、あのとき彼が話してくれた病気のことが渦を巻く。考えまいとしても、どんどん不安が膨れ上がっていく。「このまま何もできずに、目の前からいなくなってしまうんじゃないか」「寝ている間に、病気が悪化してしまうんじゃないか」最悪の想像ばかり浮かぶ。
いてもたってもいられなくなり、私はガバッと上半身を起こした。
ーーこんなふうに考えているだけじゃ、何も変わらない。
衝動的にベッドを飛び出し、鍵をかけずに外へ駆け出した。夜風が肌を刺すように冷たい。だが、そんなことを気にしている場合じゃなかった。
向かったのは、二十四時間営業のブックカフェ。扉を押し開け、明るい店内に足を踏み入れると、私は迷わず医学書の棚へ向かった。
