わたくし疲れました。悪役にならせて頂きます

「………こちらの方はルナ・フェリシア王太子です。」
そう答えたセシリアの声には、どこか冷淡さが滲んでいた。

「お初にお目に掛かります、宜しければ以後見知り置きください。」

ルナは一歩前に出て、優雅にアリスへと頭を下げる
さっきまでセシリアに向けていた笑顔は、簡単にアリスへと向けられた。


アリスは、そんなルナの優雅な立ち振る舞いと、彼の持つ王族特有の気品に魅了されているようだった。

「えっ!王太子様だったんですね!!私ったら世間知らずなので、分かりませんでした。。
私はアリス・ヴァレンタインと言います。ルナ様お会いできてとても嬉しいですっ!」

アリスは元気いっぱいに自己紹介し、許可もなくルナの手を包み込んだ。その笑顔は一見愛らしいが、セシリアの目にはどこか策略的にも映っていた。


セシリアは心の中で失笑を浮かべる

王太子を前にして無礼な振る舞いと言動。
礼儀も何も気にしないだなんて、本当に世間知らずなのね。


しかし、アリスの無邪気さは、世間知らずな馬鹿でさえも、ただの愛らしい少女へと変えてしまう。

ルナもきっと皆と同様にアリスの虜になってしまうだろう。

「…でも舞踏会が行われてるのに、こんな所に二人だけで何をしてたんですか?」
アリスの柔らかな雰囲気とは裏腹に、鋭く核心をついた質問。


「それは……」

説明に困りセシリアが口をつぐんだ瞬間、ルナは素早く口を開いた。
「恥ずかしながら僕は舞踏会という場に慣れておらず、息抜きのために少し庭を案内していただいてました。」

それは事実とは異なる内容ではあるが、彼女は彼の意図を理解した。

私が不利にならないように、きっと庇ってくれているんだわ。


「そうだったんですね!……でもセシリア様は婚約者も居るのに、男性と二人きりなんて王子に誤解されちゃいますよ?」
アリスは心配したような表情を見せながらセシリアの腕に強く抱きついた。


分かりきっている癖に白々しく私と彼の距離を離そうとするのね。


今更王子に誤解されたところで、失うものなんて何も無い。興味も愛も心も、全て貴方に奪われてしまったのだから。

「そうだ!良ければ私が代わりに案内しますよ!私ここよりもずっと美しい場所を知ってますっ!」

アリスは無邪気にも私を否定をする。

セシリアは心の中で、彼がその誘いを断ってくれることを願ったが、ルナは彼女の期待を裏切るように微笑んだ。

「アリス様はお優しい方なんですね。それならお言葉に甘えてお願いしてもよろしいでしょうか?」

「………っ…。」
結局セシリアは主人公に奪われるだけの脇役なのだと、改めて実感する。

悲しさはあるものの、彼を責める気持ちは無かった。こんなに愛らしい彼女を嫌いになることの方が難しい。

アリスはルナの心までも奪っていく。
その現実はセシリアを余計に惨めにさせていくばかり

……さっき出会ったばかりなのに、私ったら何を勘違いしているのかしら。
ルナ王太子は別に私を好きな訳ではないのだから。


「じゃあ、さっそく行きましょ!ルナ様っ!」アリスは愛らしい笑顔を見せながら、彼の腕に手を回す。
しかし彼も嫌がる様子を見せはしなかった。

「セシリア様。貴重なお時間を頂きありがとうございました。では、失礼致します。」
胸に手を当て、深くお辞儀をする彼にセシリアは呆然と答えた。

「…ええ。」
彼女の返事に微笑みを見せた後、彼はアリスと共にこの場を去っていった。


遠く離れていく二人の横顔は、楽しそうに何かを話し合っていた。

アリスの甘い笑い声はまるでセシリアを嘲笑っているよう

夜の儚さと彼女の全てを奪い去っていく、
心の中に憎悪と嫉妬だけを残して。


セシリアはその光景をただ見つめながら、あの黒猫の事を思い出す。



「………もう、良い子で居るのは辞めにしましょう。」


白い息と共に、夜空へ静かに呟いた。