君のために変わりたい

◯波瑠の部屋 制服に着替え中

ピコン、とメッセージの通知が来る。
スマホを確認すると月からだった。

月『最近学校であんまり会えてないし、今日は絶対一緒に昼飯食いたい。四限の後、教室に迎えに行くね』

波瑠「きょ、教室?!」

波瑠は慌てて返信をする。

波瑠『教室だと目立っちゃうから、どこかで待ち合わせしよ!』

昼休みに月と過ごすのもリスキーだが、迎えに来られるよりましだと思う波瑠。
すぐに既読がついて、月から返信が届く。

月『了解。じゃあ第二棟の階段裏に集合ね』

波瑠(はあ、結局月くんの思うがままになってる‥‥)

季節が春から初夏に変わっても、波瑠は月に振り回されていた。

◯昼休み 階段裏

波瑠はお弁当袋を持って裏庭に行く。
月は先に来ていて、座りながらスマホをいじって待っていた。手にはコンビニの袋を持っている。

波瑠「遅くなってごめんね」
月「ううん全然遅くないよ。隣座って」

ぽんぽん、と隣を優しく叩く月。
少し間を空けて隣に座り、壁に背をあずける波瑠。

月「なんか遠くない?」
波瑠「そ、そうかな? 普通だと思うけど」
月「いや、遠い」

月が波瑠のそばに寄り、ぴったりと波瑠の肩と月の腕がくっつく。

月「ん、これでいい」

満足げに微笑む月。
彼の笑顔の前、離れることもできず鼓動が速まる波瑠。

波瑠(いや、どう考えても近いよ〜!)

顔を赤らめながらも、月がコンビニのパンを食べていることに気がつく波瑠。

波瑠「月くん、コンビニ派なんだ」
月「あー、コンビニ派っていうか、単純に作ってくれる人がいないだけ。俺ん家、去年離婚したんだよね」
波瑠「え‥‥?」

波瑠は月の家が仲睦まじい家族だった時のことしか知らないため、大きなショックを受ける。

月「今時、親の離婚なんて珍しいことじゃないし。今は父さんと二人で気楽に暮らしてるから心配しないでね」

波瑠の表情から気持ちを察し、気を遣ってくれる月。

波瑠(月くんは昔から我慢しちゃうところがあるからなあ)

心配しないでと言われても、心配してしまう波瑠。

波瑠「‥‥月くん、なにかあったらすぐに頼ってね。私じゃ頼りないかもしれないけど、できることはなんでもするから」

ぎゅ、と月の手を握る波瑠。
自分から手を繋いだのは初めてだった。

月「波瑠‥‥」

月は一瞬驚いてから、優しく笑った。

月「波瑠の優しいところ、大好き」
波瑠「へっ?!」

波瑠(だ、だ、大好きって言った、今?!)

波瑠は驚いて手を離す。
月は名残惜しそうに手を見つめた。

月「せっかく波瑠から繋いでくれたのに」
波瑠「あ、暑くて! 時間なくなっちゃうし、お弁当食べなきゃ」

照れているのを誤魔化すために、お弁当を食べる波瑠。月はパンを齧りながらも、波瑠の顔を見つめている。

月「頼るとは別かもしれないけど、今度なにかお願いしてもいい?」

きゅるんとした顔は、幼い頃の面影があり胸を締め付けられる。
波瑠は首を縦に振った。

月「やった、考えとく。そうだ、ようやくバンドメンバー集まったんだ」
波瑠「もう? 早いね」

四月から探していたバンドメンバーは、一ヶ月足らずで集まったと話す月。
年相応の少年らしいワクワクとした横顔に、波瑠は思わず微笑んだ。

月「うん、運が良かったみたい。ギターは俺が歌いながら弾いて、あとはベースとドラム、キーボードも全員同学年で組めてさ、何事もなければ三年間同じメンバーで活動するだろうし、ほっとした」
波瑠「そっかあ、なんだか私まで嬉しいな。仲良く続けられるといいね」
月「続けるよ。続けて、練習頑張って、必ず夏のフェスで佐古先輩たちに勝つ」

月の手が波瑠の頬に添えられる。
普段は力強い彼の瞳が揺れている。

波瑠「月くん‥?」
月「波瑠、もし夏フェスで佐古先輩に勝てたら、告白の返事ちゃんと聞かせて」

波瑠(月くん、すごく真剣な表情してるーー)

波瑠は頬に添えられた月の手に自らの手を重ねた。

波瑠「うん。ちゃんと自分の気持ち、伝えるね」

微笑んだ月がそのまま波瑠の手を、自らの頬に添える。

月「波瑠の手、あったかい」

擦り寄ってくる月は、昔と変わらず甘えん坊な一面をのぞかせる。
とくん、とくんと心臓の音が手を伝って月に聞こえないように願う波瑠。

夏フェスが来て欲しいけれど、来ないまま月とこうした穏やかな日々が続いて欲しいような気もする波瑠。

彼と過ごす日々が何事も無く、平穏に過ぎてくれることを願うばかりだ。

だが、思いもよらない変化が訪れる。

◯放課後 玄関

月は練習のため、波瑠は一人で帰るため玄関で靴を履き替える。
校舎を出ようとすると、扉のところで後ろから声をかけられた。

女子生徒「あの、神田くんの幼馴染の逢坂先輩ですか?」

相手は目がくりっとしており、まつ毛もしっかり上がっている美少女。
髪の毛は高い位置でポニーテールにしており、シュシュをつけている。
スカートも短く、目立つ部類の生徒だと一目で分かる。

波瑠「は、はい」

後輩相手だが、威圧感に圧倒されてしまい怯えながら答える波瑠。

波瑠(誰だろう? 月くんのクラスメイトかな)

心菜「神田くんと同じクラスの中原心菜(なかはらここな)です。突然すみません」

言葉こそ丁寧だが、波瑠に対して明らかに敵対心を抱いている心菜。

心菜「単刀直入にいうと、お願いがあります」
波瑠「お願い‥‥?」

不思議に思い、息を呑む波瑠。
心菜が潤った唇を薄く開く。

心菜「私、神田くんに一目惚れしたんですけど、逢坂先輩がいると付け入る隙がないんです。だから、神田くんと関わるの控えてくれませんか? そもそも、逢坂先輩には軽音部の彼氏さんいらっしゃいますよね」
波瑠「え‥‥?」

急に架空の彼氏の話や、突拍子もないお願いをされて困惑する波瑠。

波瑠「か、彼氏なんてーー」

波瑠が口を開くと、心菜の後ろから杏介があらわれる。

杏介「そうやで、逢坂さんは俺と付き合っとる。せやけど、そのお願いはちょっと礼儀がなってないんちゃう?」

普段と違い、ピリピリしている杏介。
心菜は大きな瞳で杏介を睨む。
付き合っていない杏介がどうして嘘をつくのかも波瑠はわからない。

心菜「‥‥佐古先輩」
杏介「中原さんさ、中学の頃もそうやったけど正直者と配慮しないってのはちゃうんやで。君ほんまに相変わらずやね、とりあえず今日は帰りや」
心菜「‥‥っ、佐古先輩は相変わらずいい人ぶっちゃって笑えます。まあいいや。逢坂先輩、そういうことなんで」

心菜は怖い表情のまま教室に戻る。
取り残された杏介と波瑠。
波瑠は何がなんだかわからない。

杏介「あー、話してるところ割っちゃってごめんな。でもあの子にはほんまに気をつけたほうがええねん、欲しいものが手に入らんとなにするか分からん子で、中学の頃から有名なんよ」
波瑠「そ、そうなんだ。でもなんで月くんと幼馴染だって知ってるんだろう‥‥?」
杏介「なんや分からんけど一年の間で広まって、今はもう俺らの学年でも知ってる奴おるで。あんまりいい話じゃないけど、逢坂さんのこと悪く言う女子とかもおるって、聞いた」

気まずそうに杏介に伝えられた事実に、目の前が真っ暗になる波瑠。

波瑠「え‥‥」

中学生の頃いじめられていた記憶が一瞬蘇る波瑠。

杏介「さっきは勝手に肯定しちゃったけど、マジで噂が落ち着くまで俺と付き合ってることにしたほうがええと思う。神田くんのこと好きな子って多いし、過激な子らもおるみたいやし」
波瑠「私と、佐古くんが付き合ってる‥?」
杏介「もちろん、振りやから安心して。同じ委員会の仲間やん、なるべく俺も傷ついてるところは見たくないんよ」

波瑠(私と佐古くんが付き合ってる、振りーー)

困惑した波瑠を、強い夕陽が照らしている。