君のために変わりたい

◯朝 波瑠の部屋
アラームが鳴り、寝ぼけながらも波瑠が起きる。

波瑠「んん、もう朝かあ‥‥」

欠伸をし、眠たそうに目を擦る。

波瑠(今日はいつもより体が重いなあ‥‥って、そりゃそうか)

波瑠は昨日の放課後を思い出し、急に鼓動が速まる。頭を抱える波瑠。

波瑠(あーもう、久しぶりに再会したと思ったら告白されるってなにごと‥? ワンチャン夢だった可能性ある‥‥?)

ブブ、とスマホが震える。
確認すると、月からアプリにメッセージが届いている。

月『おはよう。今日の朝、迎えに行くから一緒に登校しようよ』

思わず驚いて、ベッドにスマホを落としてしまう波瑠。親や公式アカウントが並ぶ中で、月からのメッセージが浮いている。

波瑠(そうだ、昨日無理やり交換させられたんだった‥!)

◯回想 昨日の放課後 帰路

月「帰る前にメッセージアプリのアカウントだけ交換してよ」

スマホを出して交換する気満々の月。
波瑠は顔を青ざめて、目を逸らす。

波瑠(な、なんで‥? 交換したくないし持ってないって言おう‥)

波瑠「ごめん。メッセージアプリ、持ってないんだ」
月「はい嘘ついてる。波瑠は昔から分かりやすいな〜」

すぐに嘘だと見破られ、波瑠は混乱する。

波瑠(どうして分かったの?!)

月「ちなみに今『どうして分かったの?!』とか考えてるでしょ」
波瑠「!! こ、怖い!」
月「波瑠は昔から分かりやすいんだよ。考えてることが全部顔に出ててんの。変わってないなあ、そういうところ」

月に頭をくしゃりと撫でられ、恥ずかしくて上目遣いする波瑠。

月「あーもう、そういう可愛い顔しないで。今日は連絡先交換さえ出来ればいいと思ってたけど、帰したくなくなる」

はにかむ月を見て『これ以上話し続けるのは危険だ』と思い、素直に連絡先を交換した。

月「毎日連絡するから、ちゃんと返してね」

スマホを片手に、嬉しそうに笑う月。

波瑠(きっと、毎日なんて続かないでしょ)

波瑠は作り笑顔を浮かべながらも、月の言葉を半信半疑で信じきっていない。

【回想終了】

◯朝 波瑠の部屋

波瑠(一緒に登校なんてしたら悪目立ちするに決まってる‥‥!)

波瑠は断りのメッセージを月に送る。

波瑠『おはよう。せっかく誘ってもらったのに申し訳ないんだけど、今日は早めに学校に行くから一緒に行けないや。ごめんね‥‥!』

波瑠「これでよし、と。急いで学校行かなきゃ」

バタバタと急いで準備する波瑠。
着替えを済ませ、ご飯を食べ終わり、歯磨きをする。
一番最後に度の入っていない眼鏡をかけて家を出る。

月「おはよ。そう来ると思って、俺も今日早起きしたんだよね」 

家の目の前には月がいて、驚きのあまり声も出ない波瑠。

波瑠「〜〜?!」
月「波瑠の考えなんてお見通しなんだよ。ほら、一緒に行こ」

朝日に照らされて、明るい金髪に天使の輪がかかっていて美しい。
月と並んで歩くなんて、目立ちたくない波瑠にとっては不都合しかない。
だが、月に手を引かれそのまま連れていかれる。

波瑠「あ、あのね月くん。私なんかと一緒に歩いてたら、変な噂立てられちゃったりするかもよ。やめたほうがいいよ」
月「変な噂ってなに?」

にっこりと笑っているが、なぜか機嫌が悪くなっていて波瑠は『余計なことを言ってしまった』と後悔する。

波瑠(なんで怒ってるんだろう‥?)

波瑠「いや、その色々だよ。月くん昨日も帰り際に女の子たちから囲まれてたし、こうして月くんと一緒に登校したい子が他にもいんじゃないかと思って」
月「波瑠さあ、昨日俺が告白したのちゃんと聞いてた?」

月が立ち止まり、彼の髪を風が揺らす。

月「俺が一緒に登校したいのは波瑠だけなの、分かってよ」

前髪の隙間から月と目が合い、波瑠の心臓が大きく跳ねる。

波瑠(どきどきしないで、心臓‥っ)

月「あと"私なんか"ってやめなよ。波瑠が自分のこと悪く言ってるの、聞きたくない」

真っ直ぐな月の言葉に、波瑠は思わずはっとする。いつの間にか自分に自信がないだけでなく、自分のことを傷つけるようになってしまったことに気がついた。

波瑠「ごめん、ありがとう‥‥」
月「ん。波瑠はさ、昔から考えすぎなんだよ。いつも俺のこと心配してくれてさ。本当は自分だって怖いのに強がってたの、知ってたよ」

波瑠の頭を撫でる月。

月「俺、波瑠のそういう優しいところがすげえ好きだけど、もう少し自分にも優しくなってね」

笑いながら歩き出す月の背中は昔と違い、大きくて頼もしい。

波瑠「‥‥ありがとう」(小さな声で)

まだぎこちないが、波瑠は月の隣を歩いて登校した。

◯学校 玄関にて

学校に着くまでも多くの視線が刺さったが、玄関で月は同級生の女子たちに囲まれる。
さっと波瑠は離れ、遠くから様子を伺う。


女子生徒A「神田くん、おはよう!」
女子生徒B「月くんって二組だよね? 私も二組なんだあ、一緒に行こう?」
月「いや俺は‥‥って、あれ? 波瑠?」

素早く離れた波瑠に気が付かず、きょろきょろ探す月。
周りの女子生徒は『ハルって誰? 友達』と不思議がっている。
波瑠は遠くから『先に行って!』とジェスチャーで伝える。
溜息を吐く月。

月「ったく、しょうがないな」

波瑠の気持ちを察して先に行く月。
波瑠はほっとして一人で教室に向かう。
誰とも挨拶を交わすことなく、ぽつんと自分の椅子に座り本を取り出す波瑠。
月と関わることで忘れそうになるが、本来の姿を思い出す。

波瑠(私は、みんなに囲まれる月くんとは違うーーやっぱりこうして離れているほうが、私らしいや)

波瑠は二年生になっても親しい友人を作れておらず、新しいクラスにも馴染めていなかった。
そのまま一日授業を受け、昼休みも一人ぼっちで過ごす。

月『一緒にご飯食べようよ』

月からメッセージが来ているが、波瑠は断る。

波瑠『入学してすぐなんだから、クラスメイトと仲良くしたほうがいいと思うよ』
月『俺は波瑠と食べたいんだけど』
波瑠『また今度ね』

月の交友関係の邪魔にならないように、波瑠はささっと食べ終えると図書室に向かった。
休み時間が余ると、いつも図書館に来る波瑠。

お気に入りの本を読んでいると、目の前にとある男子生徒が座ってくる。

杏介「逢坂さん、二年になっても相変わらずやなあ。まーたここおる。どうせ委員会も図書委員入るんやろ」
波瑠「‥‥佐古くんこそ、また図書委員になりそうだよ」

一年生の頃から同じ図書委員の佐古杏介(さこきょうすけ)に話しかけられる。関西訛りのある彼は、中学生の時にこの町に引っ越してきた。
狐のような切れ長の瞳のイケメンで、波瑠たちの学年では人気がある杏介。
彼は一年の頃から軽音部に所属しているのに、なぜか図書委員会も兼任していた。

杏介「ありゃ、バレとる。ま、お互いなれたらよろしゅうなあ。午後の委員会決めの時間、頑張ろな」
波瑠「佐古くんは頑張らなくてもなれそうだよ」
杏介「逢坂さんだって見た目から図書委員っぽいから、なれそうやで」

杏介とは気を遣わないで話せる波瑠。
学校の中で気軽に話せるのは彼くらい。

図書室の入り口で、二人の様子を面白くなさそうに月が眺めていた。

月「ふうん。あんな奴、いたんだ」