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「だ、だから、砂浜にいるって」

  あまりの波の高さに、えみは尻込みしている。

  逃げ出そうとしたのを、俺は細腰に腕を回して誘導していく。

「俺がいるから大丈夫だって」

「でも、ほら、きっと祥さんの足手纏いになるし」

「そんなことならない。それとも俺は頼りない?」

 「そ、そんなんじゃなくって……」

  俺は、 シュンとして力抜けたえみを引き摺って海の中へずんずん進んで行く。

「祥さんってば。冗談抜きにして、私は泳げないって」

  えみは、とうとう泣きそうな甘ったるい声音でふるふる震えながら、俺にしがみついてきた。

 凄く役得かも。

 いつも引き寄せても、逃げ腰だったのに。

 今は、ぴったりとくっついて離れようとしない。

 海の中であり、浮いてもいるからバスで座っていた時と同じように、顔がすぐ近くにある。

 思わずキスしたい衝動にかられるが、俺はなんとか我慢していた。

 柔らかな唇も、細くても丸みを帯びた身体もすべて、俺にとって魅力的に感じていた。

「ほら、力抜いて。そうすれば浮くようにもなるって」

 俺は、自分を落ち着かせながら言うが、えみは両首にしがみついたまま動こうとしない。

「そ、そんなこと言われても……。やはり、私は邪魔なのでは?」

「あのねえ。俺が今ここで放っておくと、ちゃんと陸地に帰れるわけ?」

 足がつかないところまで来ていたので、えみはぎゅっと力を込めてきた。

「それは、無理!」

「ならば従いなよ。えみは邪魔になんてなってないよ」

 最初から一歩引いているえみは、なかなか甘えてはくれなかった。

 楽しんでいるようだけど、えみの敬語は抜けないままだったし。

 俺自身、少し苛ついていた。

 それを考えると、今の状況、本当役得かも。

「祥さんって、トレーナーさんが言うように、案外横暴ですね」

 えみは、拗ねた声音で言ってくる。

「えみ、俺の前でレスキーの話するな。胸糞悪い」

 俺は、思わず毒づいてた。

「え?」

「……ねえ、波に浮いている感じは気持ちいいだろう?」

 俺は、自分の妬心をおさめようと話を逸らした。

「そ、そうですね。言ったと思うけど、私は浮き輪で浮いてるのが好きで」

「だろうな」

「でも自由に泳げたら、もっと楽しそうですね。羨ましいですよ」」

 えみは、うっとりとした声音で言う。

「じゃあ、今度もう少し安全な場所探して、ゆっくりと教えてあげる」

 俺は、えみの背に回している腕をぎゅっと力を込めて囁くが、うまくはぐらかされてしまって次の約束は出来なかったーー。