家原先輩に振り返ると苦笑いをしていた。自分がちゃんと理解しないと、これ以上言ったところで逆上するだけな気がする。

「お先に失礼します」
「私も一緒に帰っていい?」
「はい」

 笠野さんが帰ろうとしたら家原先輩が手を挙げて立ち上がった。先輩が私にウインクする。しっかり後輩の話を聞き、アフターケアまで。さすがです部長。部長には学ぶべきことがまだまだ沢山ある。

「さて」

 そしたら、私はさり気なく田尻君と帰ろうか。そう思って田尻君の方を見ると、すでに空席だった。

「え! もういない!」
「どうしたの?」

 真奈美が話しかけてくる。他にも数人残っていたけれど、やっぱり彼の姿はなかった。

 仕方がない。ゆっくり距離を縮めつつ、先輩たちと協力してソプラノをまとめるとしよう。

 同じ部活に所属する仲間なのに、歩いている道が違う。それはきっと、私と家原先輩だってそうなのだろう。同じ人間は一人とていないように、道も一人一人形も幅も、行く先も違うんだ。

 それをどれだけ寄り添えるか、違う者同士が語り合えるか。

 同じじゃないから面白くて、辛いこともある。




「ごめんなさい」

 翌日、部室に来た田尻君がやや棒読みで笠野さんに謝った。笠野さんが目をぱちくりさせる。

「ううん、平気」
「じゃあ、僕はこれで」

 すたすた離れていく姿は、さながらはじめてのおつかいで。

 昨日の様子からではとても反省するとは思えなかったので、おそらく誰かが田尻君に言ったのだろう。でも、謝れば解決と思っていそうな口調だった。彼が成長するにはまだ日数がかかりそう。

「笠野さん。次何か言われたら教えてね。私が説教するから」
「ふふ、ありがとうございます」

 あんなに悲しそうにしていたのに、笠野さんは今日も部活に来てくれた。よかった。本当は心配していた。

「三上さん」
「はい」

 小川先生に呼ばれて音楽室に行く。ソロの練習だ。先生の前で何回も歌ったことで、だいぶコツを掴んできた。自由曲を通しでやる時に歌うことにも慣れた。この分なら八月のコンクールまでに良いものが出来そう。

 個人練習が終わり、ぞろぞろとみんなが音楽室に集まる。笠野さんは田尻君が座ったところを頬を膨らませて見たあと、自分の席に座った。結構根性ある。笠野さん、意外と大物になるかも。

 発声の時も笠野さんの声がよく届いた。うんうん、素敵。

 そういえば、昨日の道園君は入部しないらしいと聞いた。残念。もし、田尻君が原因だったら代わりに謝りたいけど、私は田尻君の保護者じゃないし、道園君もわざわざ断った部の先輩が訪ねてきても困るよね。

 とにかく、気を取り直して、このメンバーで一つになることに集中しよう。

 田尻君、また誰かに絡んでもこれからは遠慮せずばしばし行くから覚悟しておいて。