「んふふ」
「なに、気持ち悪い笑い方して」
「気持ち悪いって言わないで」
「あはは」

 真奈美はそれでも謝らなかった。うそ、本気で気持ち悪かった? やば、ここ外なのに。

「良いことあったんだ?」

 脇腹を肘で突かれてまた笑った。

「うん、あった」
「あ、テストが良い点だったんだ」
「んふふふふふ」
「うわあ、もっと気持ち悪くなった」

 もう、どう言われても全く気にならない。それくらい私の気持ちは浮ついていた。

「相当良かったんだ」

 私はついに我慢できなくなった。

「そうなの。聞いてくれる?」
「いいよ」
「ありがと。なんと私……全教科平均点を五点以上上回りました!」
「おお~~! 咲菜にしてはかなり上出来だ!」

 そうなんです。私、やりました。

 成績上位の人から見ればたいしたことがない結果だけれども、いつも平均をうろちょろしている私にとって、全教科五点以上上回るのは奇跡に近いのだ。

 テスト勉強の時間が前回より増えたという程ではないので、毎日の復習が上手くいったんだと思う。

 自分で計画したものが上手くいくのはとても嬉しい。他人に言われて、その通りにやったのとは達成感が違う。

「よかったね。この調子なら去年より成績上がるんじゃない」
「まあ、期末も同じくらい取らなきゃだけど、今の勢いならいけそう」
「お、言うねぇ。応援してる。私も咲菜見習って頑張ろう」
「ありがと」

 真奈美は私より頭が良い。平均点より高くて喜んでいるレベルのさらに上にいる。部活を毎日やっているのに、どうしたらあんな成績取れるんだろう。不思議。だって、家に帰って食べたらかなり遅い時間だよ。復習を習慣付けられただけで満点花丸だと思う。

「なんか上手く行き過ぎている」
「何、急に」

 突然私が難しい顔で言い出したから、真奈美もつられて怖い顔になった。

「いやぁ、ソロに選ばれてテストも上出来ってさ」
「それは咲菜が頑張った結果でしょ。何もしていないのに良い結果が来たら変だと思うけど」
「そっか。それならよかった」

 真奈美に言ってもらえると安心する。自分だけだと違うよって証明してくれる人がいないから。

 テストの結果も出たから、今日は久々ゆっくり家で練習しよう。そこで私はあることに気が付いた。

「クリアファイル部室に忘れた!」
「楽譜入ってるやつ?」
「そう。家で練習したいのに……」

 もう暗譜したから練習できないことはないけど、楽譜に細かく先生の指示や思ったことが書き込まれているから、あると無いのでは全然違う。

「まだ校門閉まってない時間だし、ちょっと走って取りに行ってくる。真奈美は先帰ってて」

 渡ったばかりの横断歩道の信号はまだ青だ。ここを戻れば五分もしないで学校に着く。

 瞬間、真奈美が叫んだ。

「戻らないで!」
「なに──」

 ブゥゥン!

 真奈美が慌てて叫ぶから、何があったのか振り向いたら、すぐ後ろで猛スピードの車が通過した。

 私は顔を青くさせて小さくなった車を見送った。

 信号を確認する。歩行者信号は変わらず青で、たった今点滅を始めたところだった。

「うそ……信号無視じゃん」

 真奈美が何も言わなかったら、私は横断歩道を渡っていた。つまり、あの車に轢かれていたってことだ。

 私が立ち尽くしていると、真奈美が私以上の顔色で走り寄った。

「怪我してない!?」
「う、うん。してない、ありがとう」
「もう、信号無視とかありえない。警察の人が近くにいればよかったのに」
「とりあえず、大丈夫だから帰ろ」

 ヒートアップする真奈美の背中に手を当てて歩き出す。

 当人より怒ってくれる真奈美を見て、私は逆に冷静だった。さっきは驚いたけど、怪我も無いし、気にしないに越したことはない。今はそれより大事なことがある。

「じゃあ、改めて」
「私も行く」
「大丈夫だよ」
「ぎりぎり大丈夫だっただけでしょ。私も行く」

 頑として譲らない真奈美にこちらが折れる。たしかに、あんな光景を見たら心配する。過保護にもなる。今日ばかりは真奈美に甘えることにした。