「婚約する際に言っていた通り、心から愛する人ができた。君との婚約は破棄させてもらう」

 夜会の広場で、伯爵令嬢ティアラは婚約者の令息ガイザーにそう言われた。美しい金髪にペリドットの瞳の小柄で可愛らしい御令嬢が、ガイザーの腕の中で微笑んでいる。

 一方、婚約破棄を宣言されたティアラは艶やかで長く濃い紺色の髪に海のような深い青色の瞳で無表情、氷のような冷たい美しさはあるものの、可憐で可愛らしいとは言い難い。そんなティアラはジッとガイザーを見つめ、静かに口を開いた。

「……わかりました。謹んで婚約破棄をお受けします」

 何の感情も湧かないと言うような表情でそう言うティアラを、ガイザーは憎らしそうに見つめる。

「ふん、相変わらず無表情で可愛らしさのかけらもない、つまらない女だ。家を継ぐためとはいえ、いっときでも君のような令嬢と婚約しなければいけなかった俺の身にもなって欲しいものだ」

「ガイザー様、そんなことをいうのは可哀想ですわ。ティアラ様は幼い頃に呪いを受けて感情が表せなくなってしまったんですもの。ティアラ様のせいではありません」

「ああ、フィナ、君はなんて可愛らしくて心の優しい女性なんだ。君としか結婚は考えられないよ」

「ガイザー様ったら」

 ガイザーの腕の中でキャッキャっと嬉しそうにはしゃぐフィナは、一瞬ティアラを見てほくそ笑んだ。まるでティアラを馬鹿にしたような笑みだ。

(ああ、また始まった。これで何度目だったかしら)


 ティアラは成人して一年にも満たない十八歳だが、婚約破棄を言い渡されるのはこれが初めてではなかった。この国の貴族は成人してすぐ結婚相手を見つけないと家を継ぐことができない。ゆくゆくは家を継ぎたいが相手がいない令息が、とりあえずティアラに婚約を申込み、本当の結婚相手を見つけると婚約を破棄するのだ。

 婚約破棄を言い渡されるたびに、相手の女性がわざとティアラの肩を持つような言い方をして婚約者に媚びを売り、ティアラを馬鹿にしたような顔で見るのがお決まりになっている。

 ティアラはガイザーたちから視線を逸らし、近くにあったオードブルの並ぶテーブルをぼうっと見つめる。

(ガイザー様たち、私のことなんてどうでもいいから早く二人きりになればいいのに。そのほうがきっと楽しいはず。ああ、お腹が空いてしまったわ。あ、今日のオードブル、私の好きなものばかり!デザートもカラフルで可愛らしい、美味しそう)

「クスッ」

 近くで誰かがこらえた笑いを漏らす音が聞こえる。ティアラが真顔で視線を移すと、そこには二十代前半くらいの、美しい銀髪の髪に紫水晶のような瞳の見目麗しい男性がいた。魔術師のローブを羽織っていて、夜会では初めて見る顔だ。