「涼しくなったなあ〜」


真っ暗な世界のなか、ポツリと零した言葉は誰にも拾って貰えることなく、静かに海のほうへと消えていく。


つい最近までは、茹だるような暑さで何をするにも億劫だったのに。今ではそれが嘘みたいに涼しくて気持ちがいいから、過ごしやすくて大変助かっている。

ずっとこの気温だったらいいのに、と思う反面この季節がやって来ることをひっそりと恐れているわたしがいる。



今日は、第2土曜日で今の時刻は日付が変わったばかりの1時12分。

ポツポツと周辺にある家の明かりは既に真っ暗だし、わたしの周りには誰もいない。たまに後ろを一瞬だけ車が通り過ぎるくらいで、基本波の音しか聞こえない。


今わたしがいるこの場所は、家から歩いて10分足らずのところにある海岸沿いだ。ここはわたしの小学生の頃の通学路であり、昔からよく訪れるお気に入りの場所だ。そして、わたしの目の前には海が広がっている。




「全然、こないし、」


波の音をBGMに暇だなあ、と近くにある時計に視線を移した。


——もしかしたら、もう来ないのかもしれない。



そう小さくなっていれば、どこからか微かに音が聞こえてきて、わたしの鼓膜が揺さぶられたような気がした。