「じゃあ、今、こっちに戻って来てるんだ」

お酒が入れば、自然と口は滑らかになる。
私たちは、つやつやと光る赤や白や青銀の刺身を口にしながら、ビールの杯を重ねて行った。
「そう。今年の春から」
そのひとは、
大学卒業とともに、はるか関西の方へ行った。
大手銀行に就職して、配属がそちらの方になったのだ。
私はこちらの電機メーカーに就職し、新しい恋人もでき、その恋人が、
- 雑誌買って来て。
だから、本屋へ行くつもりだったのに。
「久しぶり」

不意に、
そのひとがしみじみとつぶやいた。静かに塗りの箸をマグロの形の白い箸置きに戻して。
まるで遠い記憶の糸を、ゆっくりとたぐり寄せるように。

忘れたことなんて、一度もなかった。

スポーツ嫌いの私を試合に誘い出し、一瞬で、自分のとりこにさせた。
青い芝生のフィールドを駆け抜けて行くフォワード。
それは、まるで、天を翔けるユニコーンのかがやき。
私は、一瞬で恋に落ちた。それは若気の至り。
でも、消えない痛み。

「なぁ」
少し大人になったきみは、年相応の落ち着きを身につけ、知らないひとのように私の向かい側に座っている。が、
笑うと右目の方が左目より細くなるところ、音もなく手をたたくクセ、すぐワイシャツのそでをまくるところ、話す前にいったん唇を擦り合わせるところまで、昔の面影が残ったまま。
それはまるで古いアルバムを開くような少しの切なさと、懐かしさと、痛みと、
期待を、ビールの苦味とともに私の胸に運ぶ。

「これから、暇?」
だから、
私は雑誌を買い忘れたことにした。

「こ、こんな、ところで……」

駅から少し歩いたところにある大通り沿いのビジネスホテルのシングルルーム。狭いユニットバスの中で、熱く激しいシャワーに打たれながら、
私は、きみに背中から強くきつく抱きしめられた。
太い指が2本、私の舌や歯をなぞり、くぐもったうめき声がバスルームに反響する。
(離さないで)
(離したくない)

叫びそうな唇を、振り向いてきみの唇に押しつけた。
きみの香りに包まれて、理性を手放した。きみを私の香りに夢中にさせたかった。
(きみに、アザのように残りたかった)
(痛い)

「じゃあ、」