駅は、思惑の交差点。
電車、新幹線、地下鉄、バス、タクシー。
乗るひと、降りるひと、待ち合わせるひと、立ち寄るひと、通るひと。
プラットホーム、通路、百貨店、スーパー、ショップ、食堂街。
赤ん坊からお年寄りまで、
いろいろなひとびとのそれぞれの想いを乗せ、
駅は、今日もそこにただずむ。
「えっ!?」
たった今すれ違ったばかりのグレーのスーツ姿のひとが、すれ違いざまに小さくそう叫んだ。
聞き覚えのある柔らかなテノールの声に、私は思わず振り返る。
「きみ、」
振り返った瞬間、
心の中に封印したはずの色とりどりの感情が、
ささやかなほころびからにじみ出し、あふれそうになった。
ここは東北地方のとある都市の中心となる駅だ。
東京へとつながる新幹線が停まり、在来線も充実している。空港への電車もある。
私はこの大きな駅の中の1階にある小さな本屋に用事があり、会社の帰りにこの駅でわざわざ降り、1階へ向かう階段へ急ぐところだった。
「久しぶり」
一瞬の間があったあと、お互いにぎこちない笑みを浮かべた。
かつて、肩を抱き合いながら無邪気に笑い合った季節を思い出すべきか、思い出さぬべきか、迷っている気持ちが鏡のように相手の顔に映し出されていた。
「元気そうだね」
かつて、いっぱいの愛おしさをこめて私を見つめていたその茶色の目が、
5年ぶりに私を見つめる。午後7時。
「本当に久しぶりだね」
私は、駅ナカの食堂街の入り口にある寿司屋のいちばん奥のボックス席で、あらためてそのひとの顔をじっくりと見た。
平日夜の寿司屋はまだそんなに混んではいなかった。静かだ。月末で年度末のせいか。なんだか妙に後ろめたい気分になって、私は錆びた銀色をした注文用のデバイスに目を落とした。
「変わらないね」
「変わったよ」
切れ長の茶色の瞳にあらためて親しみを乗せながら、戸惑いも正直にチラつかせる目がまっすぐに見られない。
端正な顔立ちはシャープになり、体型は引き締まってスリムなまま。少し日に焼け、少し肌が荒れただろうか。目じりに小さくシワがよっただろうか。サンゴ色の薄い唇が乾いている。
思わず、
喉が、ゴクリと鳴った。
「お待たせしましたぁ。小生2つと、季節のお刺身の盛り合わせです!!」
若い女性店員の明るい声で、場の緊張が引き裂かれた。
「飲もうか」
「うん」
白い泡が溢れそうな、金色のビールのジョッキを手にした瞬間。
- 誕生日、おめでとう!!
- わぁー!! 何やってんの!!
- ビールかけ! 1回やってみたかったんだ!!
同じ事を思い出したのか、一瞬、無言になって、
「乾杯」
ごまかすように生ビールを一口飲んだ。にがい。
電車、新幹線、地下鉄、バス、タクシー。
乗るひと、降りるひと、待ち合わせるひと、立ち寄るひと、通るひと。
プラットホーム、通路、百貨店、スーパー、ショップ、食堂街。
赤ん坊からお年寄りまで、
いろいろなひとびとのそれぞれの想いを乗せ、
駅は、今日もそこにただずむ。
「えっ!?」
たった今すれ違ったばかりのグレーのスーツ姿のひとが、すれ違いざまに小さくそう叫んだ。
聞き覚えのある柔らかなテノールの声に、私は思わず振り返る。
「きみ、」
振り返った瞬間、
心の中に封印したはずの色とりどりの感情が、
ささやかなほころびからにじみ出し、あふれそうになった。
ここは東北地方のとある都市の中心となる駅だ。
東京へとつながる新幹線が停まり、在来線も充実している。空港への電車もある。
私はこの大きな駅の中の1階にある小さな本屋に用事があり、会社の帰りにこの駅でわざわざ降り、1階へ向かう階段へ急ぐところだった。
「久しぶり」
一瞬の間があったあと、お互いにぎこちない笑みを浮かべた。
かつて、肩を抱き合いながら無邪気に笑い合った季節を思い出すべきか、思い出さぬべきか、迷っている気持ちが鏡のように相手の顔に映し出されていた。
「元気そうだね」
かつて、いっぱいの愛おしさをこめて私を見つめていたその茶色の目が、
5年ぶりに私を見つめる。午後7時。
「本当に久しぶりだね」
私は、駅ナカの食堂街の入り口にある寿司屋のいちばん奥のボックス席で、あらためてそのひとの顔をじっくりと見た。
平日夜の寿司屋はまだそんなに混んではいなかった。静かだ。月末で年度末のせいか。なんだか妙に後ろめたい気分になって、私は錆びた銀色をした注文用のデバイスに目を落とした。
「変わらないね」
「変わったよ」
切れ長の茶色の瞳にあらためて親しみを乗せながら、戸惑いも正直にチラつかせる目がまっすぐに見られない。
端正な顔立ちはシャープになり、体型は引き締まってスリムなまま。少し日に焼け、少し肌が荒れただろうか。目じりに小さくシワがよっただろうか。サンゴ色の薄い唇が乾いている。
思わず、
喉が、ゴクリと鳴った。
「お待たせしましたぁ。小生2つと、季節のお刺身の盛り合わせです!!」
若い女性店員の明るい声で、場の緊張が引き裂かれた。
「飲もうか」
「うん」
白い泡が溢れそうな、金色のビールのジョッキを手にした瞬間。
- 誕生日、おめでとう!!
- わぁー!! 何やってんの!!
- ビールかけ! 1回やってみたかったんだ!!
同じ事を思い出したのか、一瞬、無言になって、
「乾杯」
ごまかすように生ビールを一口飲んだ。にがい。