嘘でいいから、 抱きしめて




「ちーちゃん」

「ん?」

「ちーちゃんは、またどっかに行くの?」

冬璃からの訊ねに、優しく笑う青年。

「今は、どこにも行かないよ。冬璃を置いていかない。約束したろ?どこか行く時は、必ず伝えるから」

頭を撫でて、抱き締めて。
─小さな幼子が、母を求めるように。

『冬璃は母親と離れることを望んでいなかった。でも、俺は見過ごせなかった。俺は俺の正義感のために、俺の罪悪感が生まれるのを恐れて、俺のエゴで引き離した』

冬璃は母親から虐待を受けていた。しかし、何をされても、全てを愛情だと受け取っていた冬璃は壊れ掛けていて、死ぬ寸前だった。

そこを発見したのが、青年だった。─あれから、約十年。
組織の中で成長してきた冬璃は、汚れ仕事をしているとは思えないくらい、清らかな柔らかな雰囲気をした青年に成長した。

願わくば、普通の人間として大きくなって欲しかったが、冬璃は“家族”と同じ職を望み、それについた。
しかも、意外と適性があると来た。

(ハルといい、冬璃といい、こいつの悩みの種は尽きねぇよなぁ……)

小さい子に甘いというか、優しいというか、その可愛らしい容貌に反した人柄である青年は、演技派で口は悪いが、とっっっても仕事は出来る。

そのため、冬璃みたいな呼び方を出来ないアキたちは、青年─彼を、“ミヤ”と呼んでいる。
理由は単純で、彼が次期黒宮家当主となるからだ。

「夏鶴」

ミヤが当主となれば、もっと、仕事はやりやすくなるかもしれない。現当主である結は良い年齢だが、当主とは名ばかりで、好きなことをしている。昔ほどは人形ではなくなったが、殆どの物事には未だに無関心で、よく分かっておらず、いつも流されるまま、頼まれるままな人間だ。

それを諌め、導いてもいるミヤは幼い頃、結を含めた大人たちに救われて以降、憧れであった背中がいくつか消えてしまっても、今も追い続けている。

「アキ」

手招きされて、傍による。
ミヤは微笑みながら、アキの頭を撫でてくる。

口が悪くて、訓練は怖くて、誰よりも強くて。
─そして、誰よりも優しい人。

「おまえも、馬鹿なハルの代わりに頼むな」

“兄”としての顔─……アキは笑って、頷いた。