嘘でいいから、 抱きしめて




「─失礼。取り込み中か?」

部屋を開け、現れたのは白衣の男だった。
恐らく、少し前に話を聞いていた、廃墟を調査するという研究員だろう。

夏鶴は面識があるのか、彼に会釈する。

「構わない。何か用か?」

「ああ。君達の仲間の件で」

どうやら、夏鶴が対応してくれるらしい。
事前の情報によると、医者では無いが、医師の免許は持っているらしい研究員。

どこかに属しているわけではないという彼は“外の世界”ではかなりの有名人らしく、彼が載っている雑誌をいくつか見た事があるが、写真が苦手なのか、ほとんど顔は写っていなかった。

でも、こうして見ると、普通に美形である。
麗しい容貌、というのだろうか。
無表情であることが少し残念なくらい、端正な顔立ちだ。

「暫く、病院で預かりたい、ということか?」

眺めていると、夏鶴が彼に問うた。
彼は無表情のまま、静かに頷く。

「意識はまだ戻っていないが、怪我以外の症状が見過ごせるものでは無い。院長が不在の間は、僕が診ることで話がつきそうだが、仕事の関係や信用の問題などから、一度、話しておこうと思ってな」

─話し方は学者様らしく、どこか固い。しかし、そういうことを考えて、わざわざここまで足を運ぶとは。

「……わざわざ御足労頂き、感謝する。ハルについては」

チラリ、と、夏鶴が青年の方を見たので、秋良も目をやる。
彼は少し考えた後、学者様を見て。

「ハルを頼む。仕事についてはこちらでどうとでもなるので、野に放っても大丈夫と言えるまでは」

「了承した。そのように手配をする」

「よろしく」

学者様は話が終わると、サッと退散した。
外から来た人間のくせに、あまりこちら側に興味が無いようだ。その方が助かるが、いつもこちらを下に見たような人間ばかり相手にすることが多いと、ちょっと肩透かしを食らったような気分になる。

「冬璃」

「?、何、ちーちゃん」

「ハルがいない間の仕事、頼めるか」

「うん。ちーちゃんが良いなら」

冬璃は最年少で、仲間内では青年に一番懐いている。
青年も懐かれて悪い気はしないのか、ちょっと可愛らしい呼び方をされても、微笑むだけ。

当主と同じように、どこか感情が欠落してしまっている彼は、今、行方知れずの健斗さんの一人娘であるお嬢─黒橋沙耶(サヤ)と、青年には本当によく懐いており、お嬢が行方知れずになってしまった時は荒れて、とても手がつけられなかった。

青年が冬璃をなだめ、抱き締め続けてくれたことで何とかなったが、お嬢が帰ってきたら、その御身の重要性を話さなければならない。

第三者から言われるほど、酷い生活では無いのだから。
普通の生活と呼ばれるものでは無いかもしれないが、こういう風にしか生きられない自分たちに生きる場所を、生きる意味を与えてくれた彼らが、世界で“不要もの”扱いされるのは耐えられない。