「─間違っていたら、否定して欲しいんだが」
1ヶ月半の間。ずっと引っ掛かっていたこと。
恐らく、この街では、一部の人間には周知の事実なのだろうこと。その上で、演じているのだろうということ。
「君は……」
櫂は自分自身の本名と、正式な身の上を伝えた上で、彼に投げ掛けた。彼は櫂の本名に驚きを見せる。
「─正解だよ。流石、『先生』」
「そうは言っても、気付かれるように動いていただろう」
「まあ……だって、これじゃあ、誰も浮かばれないじゃないか。あいつは消えるべき存在じゃないのに」
「......」
ハルは、わかりやすい人間だった。
それでいて、自分の痛みを表に出せない人間だった。
ミヤもそう振舞ってきたのだろうか。
それとも、ミヤにハルが合わせたのか。
「先生、ハルはね、」
「ああ」
「……誰よりも深く愛されていた子だったんだよ。髪の毛も長く伸ばしていて、紅潮した頬はいつも幸せそうに笑みを刻んで、両親とお兄さんに深く愛されていた。お姫様に憧れていて、いつだって楽しそうで、本当に幸せな少女だったんだ」
その情景を想像すると、それら全てを無くしてしまった現状は。なんて、言葉が詰まる。
「ハルは、何も悪くなかった。悪いはずがなかった。ただ、生まれた場所が悪かった。だから、俺たちは」
「ハルを、守りたいのか」
「っ……うん」
「そうか。─ならば、協力しよう」
「ほんと?」
「ああ。というか、今はまだ僕の患者だしな。彼女の名前を忘れないと、約束しよう」
櫂がそう言うと、ミヤはパッと顔を明るくして。
その表情に目を瞬かせると、
「ありがとう!」と、手を握られた。
その嬉しそうな表情は年相応で、櫂は何となく、今すぐ家に帰って、ハルの顔を見たいと思った。


