嘘でいいから、 抱きしめて




「君がこの街を訪れた時、あいつはいなかった。任務で留守にしていたんだ。……もっとも、そうなるように仕組んだのは俺だけど」

「最初から、僕をハルの投石にする予定だったと?」

「うーん……言葉を選んでも失礼だよね。そういうこと」

「それで、僕は君の要望に応えられているのだろうか」

「……」

ミヤは櫂の言葉に、目を瞬かせる。
何かおかしなことを言ったかと思っていると、彼は目元を和らげた。

「君は優しい人だね。─ねぇ、本当の名前、何?」

「……」

─この男は、どこまで知っているのだろう。
雑談と思って付き合っていたのがいけなかったのか、ため息をつき、痛む頭を押さえる。

「あ、もしかして、言いたくない感じ?まあ、勝手に調べたのは僕だし、君が不快に感じるのも仕方がないことだとは思うけど。でも、ハルを任せると決めてしまった以上、どうしても気になってしまったんだ。健斗さんのことを信用していないとか、そういう訳じゃなくて……」

……こういうところは、ハルに似ているのか。
急に饒舌になったかと思えば、顔色は焦りが見える。
そっくりだ。この姿を見ると、先程のミヤの言葉の意味は変わり、ひとつの仮説が頭に浮かび上がる。

「別に名前を教えるのに抵抗は無いが……君が調べても分からないと言うならば、健斗さん達が、その為に動いてくれているということだろうな。正直、ハルが『先生』と呼んでくるから、君は知っていると思っていた」

ハルは、櫂のことを『先生』と呼ぶ。
同時に、『有名な学者様だよね』とも言っていた。
有名かはさておき、学者であることは恐らく、世間的には間違いではないので否定しなかった。が。

「いや……ハルはまともに学校に通えたことがないから、自分よりも頭良いと、昔からそう言うんだ。君は言葉通りの本物だけど、その言葉はあいつの口癖」

「それはそれでどうなんだ……?」

流石に予想外の言葉に、困惑してしまう。

「それは俺もそう思う。……君には敢えて伝えておくけど、あいつはこの世界に向いてないんだ。まあ、見たらわかるだろうけど」

「ああ、そうだな」

この1ヶ月半、ずっと見てきた。昼寝もさせるようにしてるから、寝姿も見た事がある。
けど、一度も安眠出来ているような姿を見た事は無い。

「だから、俺はこの世界からあいつを遠ざけたい」

「その為に、僕を利用したいと?」

「ああ。……君は不愉快かもしれないけど」

「それは構わない。構わないが、そうやって、僕に申し訳ないという顔をしながら、白いゼラニウムを渡してきたのは何なんだ?君も、僕と同じじゃないのか」

「同じだから、それを渡したんだよ。君が気付くかは、賭けだったんだけど。─俺もいい加減、限界なのかも」

そう言って笑った顔は、どこか弱々しかった。