嘘でいいから、 抱きしめて




「─ハルが己の身を顧みないのは、生に執着がないからだ。そして、俺はそういう人物をもうひとり知っている」

【生に執着がない】─言い得て妙だと思った。
ハルを表すならば、その表現はピッタリだと。

櫂は、入院中で暇を持て余しているハルに本を貸した。
その本で指を切っても、ハルは痛みを感じるまでに時間差があるように感じた。

「そういう人間に限って、平気な顔をするのが上手なんだ。この世に執着がないから、平気で自分の命を賭け事に使おうとする。ハルはそのタイプだ。死んでも構わないから、危険な任務も望んで向かう。攻撃を受けても、避けられるものでも、ハルは避けようとしない。避けずに自らを犠牲にして、相手を捕らえて、任務を達成する。痛みを感じ辛いから、自らを疎かにする。今回の腹部の怪我も、その行動の結末だろうな」

自らの身を犠牲にして、任務の為に。
ミヤと同じことを言うつもりは無いが、家繋がりの幼なじみの中に、そういうタイプの人間がいたことを思い出す。

「ハルのことは、愛しているよ。でも、許せない。いくら望まれても会いに行かないし、自由にもしない。約束を何度も破って、それでも、俺達の言葉を聞かないあいつを許し続けたら、次は死んでしまうかもしれない。いくら君や先生の腕が良かったとしても、医療に絶対なんてないんだ。任務先で息絶えれば、それでお終い」

ミヤの言う通りだ。確かに人類は様々な面で進化して、寿命は伸びた。しかし、不死になった訳では無い。絶対なんてものはなくて、今この瞬間も、世界で命が誕生する傍らで、命も失われていっているの事実で、様々な残酷な事件を経験した、この街の人々はそれをよく知っている。

命に終わりがあることも、医療に絶対がないことも。

「だから、君に託したんだ」

ミヤの方を見ると、彼は少し申し訳なさそうに微笑み。

「君はハルにとって、新しい存在だから。変わらぬ日々に、変わらぬ水面に落ちる、投石のような存在」

「僕がか」

「うん。だって、この街はそう大きくは変わらない。住んでいる人も、業者も、誰も彼も事前情報が入ってくる、事前に身の上調査した人間ばかりで、この街の守護隊である僕達にとってはイレギュラーな存在にならない」

「それなら、僕も同じじゃないのか?」

「違う。君は、君のことは、俺達が調べたんじゃない。君は身元がしっかりしているんだろう?だから、僕達の手なんていらない。全て、健斗さん達が終わらせたんだ」

「……」

つまり、事前情報が入らなかったということだ。
廃墟の研究の為に人が来ることは聞いていたらしいが、詳細などは聞かされていなかったと、彼は言った。