【第五話】
──映画館──
・林檎の顔が近づいてきて反射的にぎゅっと目を瞑る鈴。
林檎「──鈴」
・林檎の低い声が鈴の名を呼んで林檎が急接近。
・わずかに震えている鈴をみて、林檎はキスを嫌がっていると思い、そのまま鈴の頬を親指でなでる。
林檎「はい。終わり」
鈴「え、なに?」
林檎「頬っぺたにマスカラ少しついてたから」
鈴「あ、えっと……ありがと」
林檎「もしかして、俺にキスでもされるかと思った?」
・意地悪なことを言う林檎に鈴はすぐに言い返す。
鈴「ばか! そ、そんなわけないじゃん」
鈴「私たち幼馴染なんだよ」
林檎「幼馴染ね。ま、いいや、これから時間あるし」
鈴「え?」
林檎「なんでもない。腹減ったし飯いこ」
林檎「鈴の食べたがってたパンケーキのお店、予約しといたから」
鈴「えっ! あのSNSで人気のとこ?」
・嬉しそうにする鈴に林檎も自然と笑顔になる。
林檎「うん、案内する」
・そう言って林檎はニカっと笑うと鈴の手を引く。
鈴「あの、林檎……」
林檎「たまにはいいじゃん」
林檎「手ちっちゃ」
・無邪気に笑う林檎と手を繋いでいることにドキドキする鈴。
鈴(もう心臓に悪い)
鈴(ほんとにこのままじゃずっと気持ちが消えそうもないよ……)
──週明け月曜日・野薔薇学園──(お昼休み)
・玲乃と鈴は屋上でお弁当を食べている。
玲乃「やっば。二人で映画行ってそのあとパンケーキたべて帰った上、二週間後同居?!」
玲乃「急展開すぎっ」
鈴「そうなの……もう私も何が何だか頭が追い付かなくて……」
玲乃「でも、楽しかったんでしょ? 初デート」
・真っ赤になって、こくんと頷く鈴。
鈴「でも……林檎はデートって思ってるかわかんないし……ただ暇なだけだったのかもだし同居するしその、懇親会的な意味合いで誘ったかもだし」
玲乃「ちょっと懇親会って会社じゃあるまいし」
・玲乃はケラケラ笑う。
鈴「玲乃ちゃん、そのどうしよう……」
玲乃「なにが?」
鈴「その林檎と同居とか……その、土曜……一緒に過ごしただけでも心臓に悪かったのに」
玲乃「まさに恋だよね~」
鈴「玲乃ちゃん、真面目に聞いてよー」
玲乃「聞いてるよ。そもそも鈴の好きな気持ちって忘れなきゃいけないのもの?」
鈴「だって……報われない想いだもん」
・玲乃は鈴の頬っぺたを痛くない程度に摘まむ。
鈴「わ、玲乃ちゃんっ、何するの?!」
玲乃「もう、じれったいな。鈴は自分が思ってる以上に可愛いし、私からしたら食べちゃいたいくらい魅力的なの!」
・玲乃は鈴の頬っぺたから手を離すと、鈴の両肩に手を置く。
玲乃「だからもっと自信もって」
鈴「玲乃ちゃん……」
玲乃「林檎くんと同居すればお互い色々見えなかった部分とかも見えてくるだろうし、ちゃんと自分の気持ちに正直に向き合ってみてもいいんじゃないかな」
玲乃「気持ちに区切りつけるのは、それからでも遅くないと思うよ」
鈴「うん……ありがとう、玲乃ちゃん」
玲乃「全然、またいつでも相談のるから」
・鈴と玲乃は微笑みあう。
──野薔薇学園の中庭・ベンチ(昼休み)──(※林檎視点)
・時を同じくして、中庭で林檎は焼きそばパンを食べている。隣の流星はメロンパンを食べている。
流星「へぇ、てか同居ね~。ロス行かなくていいし良かったじゃん」
林檎「まぁな。鈴は本当のところはどう思ってるかわかんないけど」
流星「ふうん。それで? 加納のことどうなった?」
林檎「あぁ案の定、この前、図書室で鈴にちょっかいかけてたの見かけたから、とりま牽制したけど……」
流星「隣のクラスの水泳部のヤツが言ってた、加納が鈴ちゃんのこと狙ってるって言うのほんとだったんだ」
林檎「それは間違いないと思う」
流星「じゃあ林檎も、うかうかしてらんないね」
林檎「でもさ……」
流星「どした?」
林檎「鈴ってああいうのがタイプなのかなって……」
林檎「それなら俺は……鈴の気持ちを優先すべきなのかなとか思ったり」
・流星が林檎の言葉にケラケラ笑う。
流星「ほんっと、拗らせてるよね~。林檎くん可愛い〜」
・流星は林檎の髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
林檎「やめろ! てか、可愛いってなんだよ!」
・流星は林檎の髪から手を離す。
流星「いい加減、鈴ちゃんの気持ちより、まずは自分の気持ち正直になったらどうよ?」
林檎「それができたら苦労してねぇんだよっ」
林檎(鈴が高校で恋したいとか……それって俺以外とってことじゃん)
林檎(それなのに……俺が好きとか言って鈴、困らせたくねぇし)
林檎(かといって誰にも渡したくない)
林檎「どうすりゃいいんだよ」
・いじけた表情の林檎。林檎はため息を深く吐き出す。
林檎「……幼馴染むっず」
流星「あはははは」
・じれったい林檎と鈴の恋に、思わず破顔する流星に向かって林檎がキッと睨む。
──二週間後(日曜日)藍田家──
・時計を見ながらそわそわしてる鈴。(15時くらいとする)
鈴(二週間、あっという間だったな……)
鈴(今日から林檎と同居か)
鈴(もうそろそろかな)
──ピンポーン。
・その時、インターホンが鳴る。
鈴(あ……っ)
・玄関扉を開ければ、ボストンバッグを抱えた林檎が立っている。
林檎「おっす」
鈴「理絵さんのお見送り終わったの?」
林檎「うん、ちゃんと母さん乗せた飛行機が無事飛んだの見送ってきたし、またロスついたら連絡するって」
鈴「そっか、あ。どうぞ」
林檎「お邪魔します」
林檎「あれ、美琴さんは仕事?」
鈴「うん、お母さん病院夜勤だから明日の朝帰って来るって」
林檎「看護師さん大変だな」
鈴「でもお母さんの天職だから」
鈴「林檎の部屋、こっち」
林檎「うん」
・二人は二階に上がっていく。二階には部屋が三つ。(鈴の部屋、光の部屋、宗助の仕事部屋)
・鈴は自分の部屋の隣にある兄の光(他県で下宿中。大学生)の部屋に林檎を案内する。
──光の部屋(今日から林檎の部屋)──
林檎「おっ、すっげパズル増えてる」
・光の部屋にはジグソーパズルが沢山飾ってある。(あとはベッドと机)
鈴「林檎、お兄ちゃんの部屋入るの久しぶりだもんね」
林檎「俺、光兄の影響で未だにパズルやってんだよね」
鈴「そうなの?」
林檎「うん、暇なときとか? ボストンにも新しいやつ入れてきた」
林檎「パズルっていいよな。なんも考えなくていいし」
鈴「え? お兄ちゃんも同じこと言ってるけどパズルって考えなきゃできなくない?」
林檎「んー、俺は余計な事考えないようにして、頭空っぽにしてやってるから」
鈴「ふうん。意味わかんない」
林檎「まぁ、鈴に男の事情はわかんなくて当然かもな~」
鈴「なにそれ」
・怪訝な顔をする鈴を見ながら、林檎がくすっと笑う。
鈴「じゃあ、林檎は荷物とか適当に片してて」
林檎「ん? 鈴どっか行くの?」
鈴「うん、夕ご飯の買い物にスーパー行ってくる」
林檎「俺も行く」
鈴「え、いいよ」
林檎「いいじゃん。手伝わせてよ。今日から同居人だし」
・二人はスーパーに買い物に行くことに。
──『おひさまスーパー』・店内──
・二人でカートを引きながら仲良くお買い物。
鈴「あっ、やった。卵安い」
林檎「じゃあ、それも買お」
林檎「あとは?」
鈴「えっと、玉ねぎと人参と鶏肉、かな」
・それを聞いて林檎はニヤッと笑う。
林檎「わーかっちゃった」
鈴「なに?」
林檎「俺、オムライスもめっちゃ好き」
・満面の笑顔に鈴は照れてそっぽを向く。
鈴(そんなこと知ってるよ……)
鈴(だからオムライスにしたなんて……恥ずかしすぎて言えないけど)
鈴「偶然だから。その……卵が安かったから」
鈴(って、私ったらなに言い訳してんだろ)
鈴(気持ちを見透かされたくなくて、相変わらず可愛くない態度ばっかり取っちゃうし……)
鈴(自分の気持ちに向き合うって難しいな)
林檎「すっげ楽しみ。俺、全部好きなんだよね」
鈴「え……っ」
林檎「鈴の料理」
鈴「あ、そう」
鈴(全部、す、好きとか……料理のこととはいえ)
鈴(落ち着いて、ここは平然を装って……)
鈴「そ……それは……どうも」
──その時、モブ女子二人が声をかけてくる。
モブA「あの~リンくんですよね」
モブB「この子、リンくんの大ファンでいつも“メンズノエル”見てるんです」
林檎「あ……どうも」
鈴(えっと、どうしよう。この場はさり気なく離れた方がいいかな)
モブA「あのこんなこと聞くのなんなんですけど……隣の子って妹さんとかですか?」
林檎「違うけど」
モブB「まさか彼女ってことはないですよね?」
・モブの言葉に鈴は胸がズキンとする。
鈴(まさか、だよね。私は林檎の隣に相応しくない)
鈴(……似合わない)
鈴「あの、私たちただの幼馴染なんです。スーパーでばったり会っただけなので」
モブA「そうなんですね。良かった……」
林檎「……」
モブA「あのじゃあ良かったらLINE交換してくれませんか?」
・胸を撫でおろし安堵してから、モブAはスマホを取りだす。
鈴(ふわふわしてて、可愛い子だな……)
鈴「ごゆっくり。先に帰るね」
・その時、林檎が鈴の手首を掴む。
林檎「悪いけど、俺、誰ともそういうのしないって決めてるから」
林檎「あとこの子。俺にとっては大事な幼馴染なんで勘違いされたくないから」
林檎「行こ」
鈴「ちょっと、林檎……っ」
・泣きそうになっているモブAを慰めるモブBを横目に林檎は鈴を連れて会計へ。
──『おひさまスーパー』からの帰り道──(夕暮れ)
・黙ったまま歩く二人。
・林檎は両手に買い物袋を抱えている。
鈴「……重いでしょ、一個もつよ」
林檎「だからいいって」
鈴「でも私、鞄しか持ってないし、お金だって林檎に払って貰ちゃったし」
林檎「母さんから食費とか、PoyPoyで払うよう言われてるから」
林檎「それより、危ないから鈴こっち側きて」
・林檎は鈴を歩道の内側へ行くよう目で合図する。
鈴「……うん」
・鈴は歩道の内側に移動する。坂道に差し掛かって長い影が二つ伸びている。
・少しの間、沈黙が流れる。
鈴(林檎のさっきの……勘違いされたくないって……どういう意味だろう……)
鈴(聞きたいけど……)
鈴(でも林檎からしたら、あの子とのLINE交換断るための口実かも)
・そこでぶんぶんと頭を振る鈴。
鈴(ダメだ、ちょっとはこんなウジウジした自分も変えていかないと)
鈴「……林檎」
林檎「……鈴」
・二人同時に互いの名前を呼ぶ。
鈴「あ……えっと、なに?」
林檎「あぁ、うん」
林檎「さっきの……ことだけどさ」
鈴「うん……」
・林檎は歩いていた足をピタリと止める。
林檎「別に、LINE交換したくない言い訳として言った訳じゃないから」
鈴「え?」
林檎「俺にとって鈴は大事な幼馴染だから」
林檎「特別なんだ」
・真剣な顔で言われて鼓動が大きく跳ねる鈴。
林檎「鈴は? 俺のことただの幼馴染ってしか思ってない?」
鈴「……私は……」
鈴(ただの幼馴染なんかじゃない)
鈴(今、言わなかったらきっと二度と言えないかも)
鈴「私にとっても……林檎は大事な幼なじみだよ」
林檎「特別ってことだよね? 他の男とは違うってことであってる?」
鈴「……うん」
林檎「そっか」
・ほっとした表情のあと嬉しそうにする林檎。
林檎「じゃあさ、これから同居もするし、もし困ったこととかあったらなんでも俺に言ってくれない?」
林檎「もうちょっと俺のこと頼ってほしい」
鈴「……わかった」
林檎「よし」
・微笑む林檎
鈴(どうしよう)
鈴(嬉しくて、胸がむずむずしてどきどきして……呼吸がしんどい)
鈴(胸がぎゅうってなる……)
・再び歩き出す二人。
林檎「あ! 言い忘れてた。来週から一緒に登校しよ」
鈴「なに、急に……」
林檎「ほら、俺朝弱いし、誰かに起こしてもらわなきゃ遅刻しちゃいそうだし?」
鈴「それ、私に起こせって言ってるの?」
林檎「うんっ、だって鈴も俺のこと特別なんでしょ」
林檎「お願い」
鈴「もう、しょうがないなぁ」
林檎「よろしく」
・嬉しそうに無邪気に笑う林檎。
鈴(本当にずるい、そんな風に笑うなんて)
鈴(勘違いしちゃいそうだよ)
鈴「……林檎のばか」
林檎「ん? なんて?」
鈴「なんでもないっ」
・そう言うと鈴は駆け出す。
鈴「家まで競争」
林檎「おい、俺不利じゃん」
・林檎は両手にスーパーの袋を抱えたまま鈴を追いかける。
・二人はじゃれ合いながら藍田家へと帰る。
──藍田家・リビング──(夜)夕食後。
・鈴は美琴の分のオムライスを冷蔵庫にいれると、自分と林檎が食べ終わったあとの食器を洗っている。
鈴(林檎、オムライス美味しそうにたべてたな)
鈴(明日は何作ってあげようかな……)
──ガチャ
・その時、リビングにお風呂を終え、肩からタオルをかけて濡れ髪姿の林檎が入っていく。
林檎「鈴ー」
・その声に振り返った鈴は大きな声を上げる。
鈴「きゃあああああ」
林檎「えっ?」
鈴「ばかばか! なんで上着てないの!!」
・林檎は上半身裸。
・真っ赤になって林檎に背を向ける鈴。
林檎「いや、スウェットの上だけ忘れてさ」
鈴「もうっ、なんでそんな大事なもの忘れんの?!」
林檎「しょうがないじゃん。光兄のない?」
鈴「ちょっとあっち向いてて」
・鈴は林檎が背を向けたのを確認してから二階の部屋へ。
・林檎の部屋のクローゼットを開けて、光のスウェットを引っ張り出す。
林檎「あった?」
鈴「わぁっ」
・鈴は林檎を直視しないようにしながらスウェットの上を渡す。
鈴「早く着て」
林檎「さんきゅ」
・林檎はさっとスウェットを着る。
鈴「明日、家取りに帰ってよね」
林檎「うん。わかった」
・鈴が林檎の部屋をでようとした時、鈴のスマホにLINEが入る。
鈴(お母さんかな)
・鈴がポケットからスマホを取りだして確認すると、加納からのLINEだった。
──加納『本屋でいい小説見つけたから持っていくね』
・それを林檎もチラッとみる。
林檎「なに? 加納とLINE交換してんの?」
鈴「委員のことでやりとりすることもあるから」
林檎「でも今の、委員のことじゃないよな?」
鈴「勝手に覗かないでよ」
林檎「なんて返事すんの?」
鈴「いいでしょ、別に林檎に関係ないことだし……」
・その言葉に苛立った林檎は鈴からスマホを取りあげる。
鈴「ちょっと何するの?! 返して」
林檎「嫌だって言ったら?」
鈴「いい加減にして!」
・背の高い林檎からスマホを取り返そうとして、鈴は床に置いてあった林檎のボストンに躓く。
・そして勢いあまって林檎にむかって倒れ込む。
鈴「きゃっ……!」
・林檎は鈴を支えるように両腕に抱えたままベッドに倒れ込む。(鈴が林檎をベッドに押し倒したようなかたちになってしまう)
どきんどきんどきん……
鈴(あれ……心臓の音……)
・林檎の駆け足の鼓動の音が聞こえて、鈴はパニックになる。
鈴「わぁあ!! あの、ごめん」
・鈴が状況を理解し、慌てて両手をベッドに突いて起き上がると林檎が鈴をじっと見つめる。
・林檎は鈴の髪にさらりと触れる。
林檎「なぁ。俺じゃダメ?」
鈴「林、檎……?」
鈴「何、言ってるの……?」
林檎「鈴は高校で恋したいんだろ?」
鈴「……そう、だけど」
鈴(でもそれは林檎を忘れるため……)
林檎「半年間でいい」
林檎「俺たち幼馴染やめない?」
鈴「え……?」
林檎「俺と一緒に恋してみようよ」
・今まで見たことがないような熱をはらんだ林檎の顔に戸惑う鈴で五話〆。



