僕のいない世界で君は笑う

あの日、僕は確かに君の隣にいた。隣で笑い合い、未来を語り合い、当たり前のように手を繋いで歩いた。それが永遠に続くと信じていた。

だけど、そんな日々は突然、壊れてしまった。

数ヶ月前、僕は突然倒れ、病院に運ばれた。診断結果は末期の病。医者から告げられた言葉に耳を疑ったけれど、逃れられない現実がそこにあった。治療法はなく、残された時間はわずかだという。

君には、なかなか本当のことが言えなかった。毎日見舞いに来てくれる君の笑顔を見ていると、告げることが怖かったんだ。君が泣く姿なんて、見たくなかった。

ある日、君がいつもより少しだけ元気のない僕に気づき、尋ねてきた。

「ねぇ、大丈夫? 本当に平気なの?」

僕は作り笑いを浮かべて、なんでもないと答えた。だけど、その嘘はすぐにバレた。君は涙を浮かべながら問い詰めてきた。

「隠さないでよ! 本当は、何があったの?」

もう隠しきれないと思い、僕は震える声で告げた。

「……俺、もう長くないんだ」

君の顔が真っ青になり、崩れ落ちるように泣き始めた。僕はその涙を拭いながら、必死に笑って見せた。

「泣かないでよ、俺は大丈夫だから。君が笑ってくれるなら、それでいいんだ」

その日から君は、毎日僕のそばにいてくれた。学校が終わるとすぐに駆けつけて、たわいない話をたくさんしてくれた。僕はそんな君の声を、できるだけ胸に刻みつけた。

ある日、君はアルバムを持ってきた。そこには二人の思い出が詰まっていた。文化祭で撮った写真、夏祭りの浴衣姿、初詣でのツーショット。ページをめくるたびに、君の笑顔があふれている。

「懐かしいね……」

君は笑いながらも涙をこぼし、僕もつられて笑ってしまった。こんなふうに思い出を振り返る日が来るなんて、あの頃は思ってもみなかった。

季節が巡り、病状はどんどん悪化していった。呼吸が苦しく、体は動かなくなり、声を出すことさえ難しくなった。それでも君は毎日来てくれて、僕にたくさんの話をしてくれた。

最期の夜、君は僕の手を握りしめながら、必死に笑顔を作っていた。

「ねぇ、覚えてる? 初めて会った日のこと……」

君の声は震えていたけれど、僕は頷き返した。中学校の入学式、隣の席で緊張していた僕に、君が優しく声をかけてくれた。あの日から、僕の世界は少しずつ色づいていったんだ。

「ありがとう、君と出会えて本当によかった」

かすれる声で伝えた僕に、君は涙を流しながら笑ってくれた。

「私もだよ。だから、忘れないから……絶対に、忘れないから」

その言葉を聞きながら、僕は静かに目を閉じた。君の温かい手を感じながら、深い眠りに落ちていく。

僕がいなくなった世界で、君はどうやって生きていくのだろう。心配でたまらないけれど、君が笑ってくれるのなら、それでいい。

それからの君の日々を、幽霊のように見守り続けた。学校へ行く君、友達と笑う君、一人で泣く君。僕がいなくなった世界で、君はどうやって幸せを掴むのかを、僕はただ見ていることしかできなかった。

季節が巡り、やがて君は少しずつ笑うようになった。新しい友達ができて、休日には街へ出かけ、カフェで談笑している。最初は胸が締め付けられるようだったけれど、君が笑っているのを見て、少しだけ安心する自分がいることに気づいた。

ある日、君がふと呟いた。

「ねぇ、聞こえてる? ……私はね、大丈夫だよ」

その声は空へと向けられていた。僕のことを、きっと忘れない。でも、君はちゃんと前に進んでいるんだ。

数年後、君は新しい恋人と歩いていた。笑顔で話し合う姿に、少しだけ胸が痛んだけれど、僕はそっと見守った。

「幸せになれよ」

僕がいなくなった世界で、君は笑う。

それが、僕にとっての永遠の救いだ。