校庭の桜の木々の中に、
ひっそりと混じって、梅の木がある。
きみはひとりその梅の木の下に立っていた。
大抵の生徒は、桜と梅が校庭の木々の中に混在している事を知らない。
生徒に取って桜も梅も、どちらも白い花である事に代わりはなく、
もっとくだらなくて重要な事が、彼らにはあったからだ。
そして、その梅の木は、不思議と、
桜とほぼ同時期に、毎年花を咲かせるのだった。
梅の花にはまろみがあり、桜の花は凛と咲く。梅の香はふくよかで、桜はふわり。よく観察すれば違いがすぐにわかるのに、
誰も見ようとしない。時間がない。興味もない。
僕らが学校では一律に「生徒」、社会では「少年少女」と呼ばれるように、
誰も僕らの「個」には気づかない。名前があり、人格があり、心があることでさえも。
自分でもときどき、そのことを忘れるくらい毎日は希薄に足早に過ぎていく。
薄紅色の桜の花びらが、白い梅の花びらと混じって、
君のみどりの黒髪を粛々と飾る。春のあたたかな青空の下。
きみの濃紺の制服の背中は、どこか憂いていて、
僕は、
声をかけるのも、はばかられた。
白い花びらは薄紅色に溶かされて、みどりの風に混じり合い、
どこまでもどこまでも、遠く、遠く吹かれて、
いつかは同じものになるだろうか。
美しいきみの背中の憂いは、
青い、あおい、春の憂うつの空の下、
みどりの風に吹かれて、僕の元へと届き、
僕の憂いといつか、同じものになるだろうか。
きみは泣いている。
ふと伸ばした指が、きみの震えを増やしはしないか。
そう恐れて触れられない、人差し指の先に、ぽつり、花びら。
梅はこぼれて、桜散る。
桜の中でひっそりと咲き、ひっそりとこぼれる梅の木は、まるで今の僕らのようだ。
誰にも見つけられない。だが、そこには確かなあたたかい、目に見えなくともあたたかい空気がある。
この指先ひとつに乗ったひとひらの想いを振りはらえるのなら。
抱きしめることがかなうのなら。
2025.03.12
Copyrights 蒼井深可 Mika Aoi 2025
ひっそりと混じって、梅の木がある。
きみはひとりその梅の木の下に立っていた。
大抵の生徒は、桜と梅が校庭の木々の中に混在している事を知らない。
生徒に取って桜も梅も、どちらも白い花である事に代わりはなく、
もっとくだらなくて重要な事が、彼らにはあったからだ。
そして、その梅の木は、不思議と、
桜とほぼ同時期に、毎年花を咲かせるのだった。
梅の花にはまろみがあり、桜の花は凛と咲く。梅の香はふくよかで、桜はふわり。よく観察すれば違いがすぐにわかるのに、
誰も見ようとしない。時間がない。興味もない。
僕らが学校では一律に「生徒」、社会では「少年少女」と呼ばれるように、
誰も僕らの「個」には気づかない。名前があり、人格があり、心があることでさえも。
自分でもときどき、そのことを忘れるくらい毎日は希薄に足早に過ぎていく。
薄紅色の桜の花びらが、白い梅の花びらと混じって、
君のみどりの黒髪を粛々と飾る。春のあたたかな青空の下。
きみの濃紺の制服の背中は、どこか憂いていて、
僕は、
声をかけるのも、はばかられた。
白い花びらは薄紅色に溶かされて、みどりの風に混じり合い、
どこまでもどこまでも、遠く、遠く吹かれて、
いつかは同じものになるだろうか。
美しいきみの背中の憂いは、
青い、あおい、春の憂うつの空の下、
みどりの風に吹かれて、僕の元へと届き、
僕の憂いといつか、同じものになるだろうか。
きみは泣いている。
ふと伸ばした指が、きみの震えを増やしはしないか。
そう恐れて触れられない、人差し指の先に、ぽつり、花びら。
梅はこぼれて、桜散る。
桜の中でひっそりと咲き、ひっそりとこぼれる梅の木は、まるで今の僕らのようだ。
誰にも見つけられない。だが、そこには確かなあたたかい、目に見えなくともあたたかい空気がある。
この指先ひとつに乗ったひとひらの想いを振りはらえるのなら。
抱きしめることがかなうのなら。
2025.03.12
Copyrights 蒼井深可 Mika Aoi 2025