しばらくして、おとこの人はゆっくりと立ち上がると、ぼくの方に歩いてきた。
そして、じぶんのリュックサックを見つめてつぶやいた。
「帰ろう・・・」
そうだよ、帰ろうよ。みんなが待っている・・・。
おとこの人は、小さな声だけど、力強くいった。
「帰ろう・・、帰ってもう一度・・・」
よかったー。これでぼくも帰れる。
「もう一度、そう、もう一度・・・」
おとこの人は、こんどは大声でいった。
「生きるぞー、生きるぞー!」
ほんとうによかった。帰ったら、ぼくもがんばってきれいなアゲハチョウになるよ。
おとこの人は、ぼくをリュックサックのポケットに入れたまま、一歩一歩、山をおりはじめた。
ぼくはほっとして、また、リュックサックのポケットの中で、ねむってしまった。
(おしまい)



