あなたの記憶が寝てる間に~鉄壁の貴公子は艶麗の女帝を甘やかしたい~


◇◇◇


「珠子?」

「あ、ごめんごめん。なんだっけ?」

過去を思い出して箸が止まり奏の話も聞いてなかった。

「まだ変なの居るの?って話」

奏はランチのトンカツ定食を美味しそうに頬張って眉間にシワを寄せた。

「あぁ、それか。ねぇ…奏、私と住まない?」

私はお箸を携帯に持ち変えて不動産情報をスクロールする。

「美人からの凄い殺し文句だね」

スクロールする手を止めて奏の顔を見ると勘弁してと言った表情を滲ませた。

「うちより警察に転がり込むか旦那に頼んで」

「そんな冷たいセリフを吐かれるとは」

彼に頼めるわけない。
記憶加さ増しの彼は心配して「一緒に住もう」と言うだろう。
後々を考えるとそんなの無理に決まってる。

「理由は分かるけど別々に住んでるのが悪いんでしょうが」

飽きれるのも分かります。
家も収入も別なんて誰も想像つかないと思う。
将来訪れる離婚を考え籍だけを入れて一応形は夫婦。

「声大きいって…」

「だいたいアパートが問題よ。セキュリティのセの字も無いじゃない?」

大学時代から住み慣れた木造2階建てのアパートは住めば都で会社からも近くて重宝してる。
それと引き換えにオートロックと言う素晴らしいセキュリティはうちには無い。

「それにラブレターに喜べるのは中学まで!」

「ですよね…分かってるつもりです」

郵便受けに頻繁に入ってる手紙と私を盗み撮りした写真。
鍵穴には真新しいピッキングの生々しい跡。

「珠子って本当にプライベートはのんびり屋よね〜」

確かに…慌てる事は少ない。
田舎育ちの影響?
のんびり屋と言われて頷ける。

「明日休みだし物件探そうかな」

別の不動産情報を見つけてはスクロールさせた。

「そう言って行かないじゃない」

「行きます。そろそろ行く」

この押し問答も何度繰り返した事か今回はさすがに身の危険も感じ出して奏に断言する。

「旦那に相談すれば良いのにー。気を使い過ぎだって」

色々考えて決めた契約は彼も納得してない部分ではある。

「旦那ねぇ…」

花の蜜に群がる女性達に目を向けた。

「もう仕方ないわね」
「じゃあ、一緒に住んでく」
「住みません」

「でも一肌脱ぎますか」と続けて奏はニコリと可愛らしく微笑んだ。