あなたの記憶が寝てる間に~鉄壁の貴公子は艶麗の女帝を甘やかしたい~

「私が事を大きくしちゃったからね」

せめてもの救いは会長が彼女を守ってくれてる事。
話題が漏れないように最善の対処をしてくれてるとは聞いてた。

「あの上司に珠子が言って無かったらまだ苦しんでた人いたと思うよ。まあ読んでみたら?」

手紙を指さした。
責めるような言葉でも暴言でも甘んじて受ける。
でも彼女の手紙には…

「女帝の涙めちゃくちゃ貴重」

ケラケラとは言えない大笑いで写真を撮りまくり「良かったね」と微笑む。

彼女のくれた手紙には…

“藍沢チーフに救われました。助けてくれて信じてくれて本当にありがとうございました”

この言葉と彼女らしい白いダリアとピンクのかすみ草の小さい花束。

「これも渡して欲しいって。感謝満載の花たちね」

白いダリアもピンクのかすみ草も花言葉は“感謝”
そんなの聞いて涙しないわけない。

「嬉し過ぎる…早く治す」

「これ貴重だから一ノ瀬マネージャーに送ろうっと」

「やめてよ~!恥ずかしいから」

奏から携帯を取り上げるとディスプレイに写る自分が結構綺麗に撮れている。

「今度蘇芳のネットショッピング用のモデル探してるらしいけど…珠子やってみたら?」

ニヤリと笑う奏を軽く睨んで携帯の自分を削除する。

「目立つの嫌いだもんねー。その美貌で目立ちたくないは無いでしょ。ただ…中身はポン子だけど」

ポン子⁈
ポンコツの意味?

「どこが?ポン子よ」

胃に優しいバナナジュースをストローで吸い込むとむせそうになる。

「すぐ騙されるし、人の為にやり過ぎて自分壊すし…上司にはハッキリ意見言えるのに自分の旦那に何も言えないし。違う?」

「ん…ん…」

何も言えない。
現に彼に何も言えず聞けずにいる。
胃を治してる最中でストレスを抱えないようにしなきゃいけないのに今一番の悩み。

「渡辺から聞いたわよ。今回の件で心配してた。円城さんの事も!何で言わないかなー?」

彼との結婚の経緯も知ってる。
何でも一人でやってきた私は確かに人に相談するのが苦手。
本当に悩んでる物は特に何も言えない。
奏は真逆の性格で旦那さんとは喧嘩をよくしてる。

「んー自分の悩んでるのを知られたくないって言うか、考えがまとまらなくて。まあ良いかってなる」

「お酒でも飲んで!って今飲めないか。手紙でも書く?したためる?」

「軽くバカにしてるよね」

「ははっ。バレた?」と言いながら「また人肌脱ぐ時か」と意地悪そうな顏を浮かべた。


◇◇


そろそろ胃の痛みも落ち着き出した10日目。
そろそろ彼と話さなくてはと

「そわそわしてるけど何かあるの?」

ネクタイを締めつつ私をチラチラ。
奏と話してどう話を切り出すか悩んでる。

「いえ。あの、病院きちんと行きました?」

これは私の病院の話じゃない。
忘れそうになるけど彼は記憶がマシマシな状態。
それが最初の原因ではあるからまずはそこから!と切り出した。

「行ってるよ。何も変わらないけど」

フッと笑うだけ。

「珠子、これで良いよね」

ダークグレーのスリーピースを着た彼。

「完璧ですね。でも、私はこんな大事な物を?」

彼は大学時代の友人の結婚式。
私は買い物でも行こうかと考えてた。

「珠子見せろってアイツ言うから」

さっきの笑みは何処にいったのか分からない。
ボソッと言って「綺麗」と褒めてくれる。

「珠子ちゃんには絶対これ!」

アパート水浸し事件のせいで壊滅的被害をうけた私はお義母様に呼ばれて薄いグリーンの色留袖を渡された。
お義母様が若い時に着ていた物らしいけど古さを感じないのは着物の良さ。

「本当に綺麗…お父さん!写真あっ動画で!」

興奮気味のお義母様に対して慌てるお義父様。

「家紋が…」

一ノ瀬の嫁と丸わかり。

「珠子ちゃんこれ」

真珠のピアスと和装用のフォーマルポーチ。

「汚さないようにします…」

何もかも高級すぎる。

「胃に負担かからない?緩めに帯は絞めたけど。薬持った?」

「はい」と答えると背後に周り髪のセットの最終確認してくれる。
本当の母親みたいに心配してくれて嬉しい。

「工事してるんですか?」

皆んなのお見送りを受けて車に乗り込んだ。
一ノ瀬家の膨大な敷地内に工務店の垂れ幕と中は見えなかったけど家のような物が見えた。

「今の家古いからね。建てたんじゃないかな」

そう言いながらハンドルを切る。
知らないわけないと思うけど踏み込めるわけもなく外の景色に目をやった。