あなたの記憶が寝てる間に~鉄壁の貴公子は艶麗の女帝を甘やかしたい~

「チーフ。まだ帰らないんですか?」

「明日休みだからもう少し頑張る。気をつけてね」

私達はシフト制で9時半から19時までと13時から22時までの二交代制勤務。
内勤扱いだからこの勤務だけどフロアの人達はもっと細かいシフトだったり店舗に寄って違ってくる。

「お疲れ様です」と口々に帰っていく後ろ姿を見送って下半期の売り上げ予想を
大まかに入力していく。
目標には達する見込みはあるものの油断は出来ない。

「休憩しよ」

頭の中に嫌味な部長の顔がチラついて一旦席を立ち共有スペースの休憩ルームに歩き出した。
コーヒーが出来る間も次はあれもこれもと仕事が浮かんで静かにため息を吐きつつ出来立てのコーヒーに口を付けた。

「お疲れ様」

「ゴホッ!!」

急な旦那さんの登場にコーヒーを吹き出しそうになる。

「大丈夫?」
「大丈夫…ですよ?ふふっ」

口元を拭きつつ苦笑いを彼に向けた。

「うちの奥さんは頑張るね」

「そんな事は…」

なれない奥さんワードにドキッとしながら休憩ルームの椅子に腰を下ろした。

視線が色々と痛い…
周りには帰宅中の社員達が「お疲れ様です」と声を掛け帰って行く。
私も彼も作り笑いで誤魔化し私はカップのコーヒーに視線を逃がした。

(めちゃくちゃ旦那さんからも視線を感じるんだけど…)

「俺に何かまた話す事あるんじゃない?」

またこのパターン?
一緒に暮らし出したけど時間帯や休みも合わず顔を合わせても挨拶程度。
昨晩作って置いた煮物が濃すぎた?
でも亡くなった祖母直伝の煮物が不味いとは思えない。

「届けは出した?」

あっ…
忘れてた。

「総務から催促来た」

蘇芳は保険会社も系列であるから給料天引きの楽さから蘇芳社員はほぼ利用してるはず。
先日出した家財保険の申請で住んでる家の事を言うのを忘れてた。
旦那だから届けの催促の話がいったんだと思う。

「明日必ず…あっ休み。明後日出します」

明日住民票取って…前のアパートから使える物を選別して…やる事が多い。

「俺も休む。どうせやる事たくさんあるんだろ」

凄い分かってる。
顏に書いてたかな?

「仕事してるの見てたら分かる。荷物持ちだと考えて甘えの一歩」

“甘え”の言葉一つにドキドキする自分が恥ずかしい。
30歳だよ?今更ドキドキとか…

「まだ残業するの?上司としては過労が気になるから帰る事を勧めたいんだけど」

「珠子には無理か」とプラスされて黙認してくれるらしい。

「無理はするなよ」

そう言って頭をポンと一撫でして「先に帰るね」と優しく微笑んで休憩ルームを出て行った。

「めちゃくちゃ仲良し」
「本当にお似合い」

黄色い歓声にも似た声を背に赤くなる顔を隠し急いで事務所に向かった



「疲れた…」

この部屋で一番お気に入りのソファの左側に身体全体を預けて暫しボーっとする。
帰宅後すぐにシャワーを浴びて濡れた髪は軽く乾かし緩くゴムで結びオデコ全開のパック姿。
暖かい部屋でTシャツに短パン姿になるのも慣れてきた。

「もう0時…か」

早番シフトからの残業だったから相当頑張った。

ーーカチャ

「帰ってたのか。おかえり」

やばい寛ぎ過ぎてた。
彼は職場とは違ってハーフフレームの眼鏡姿に黒のスウェットで自室から出て来た。

パックは取ろう!
オデコは仕方ない!

「ただいま帰りました…」

おかえりって言葉の方がスッピンより照れる。
言われたのは祖父母が生きてた時が最後だったから。

「コーヒー?お酒?」

彼の問いに「コーヒーにミルク1個で」と答え私はアイランドキッチンで彼の姿をガン見する。
寝る前でもカフェイン作用は私には通用しない。
眠い時は数秒で寝れる体質は私の特技。

「はい」

マグカップにミルクを入れてかき混ぜる事なく持って来た彼は私をよく見てる。
ゆっくり円を描くミルクを見るのが好きな私はスプーンを使わない。

「ありがとうございます」

彼から受け取りミルクを入れたばかりの円を見つめてると、

「大丈夫?」

と彼のお気に入りであるソファの右側に肩を寄せて急に真面目な口調で聞いてきた。

まだ部屋に来て一週間も経たない私への精神的な物への心配だろう。

「マネージャーには本当に感謝しかないです」

職場、自宅、本当に助けられてる。

「感謝なら俺も。見違えるほど部屋が綺麗で食事も美味いし」

この数日間で大分住めるようになった部屋はまたまだ改良の余地がある。

「お互いに癒されてますね」

ふふっと私も自然と笑顔が溢れてそれを見る彼も天井を見て微笑む。

「部屋は好きに変えてくれても構わないから。もっと癒される環境作ろう」

(凄い疲れてるのかな?)

独り言のように呟いたと思ったらスーッと寝息をたてはじめた。

彼が持っていたカップを起こさないように取り上げて寝顔を見るとまだ乾ききれてない前髪がくすぐったいのか頬の部分をゴシッと擦ってる。