あなたの記憶が寝てる間に~鉄壁の貴公子は艶麗の女帝を甘やかしたい~


ドンドンドンドン!!!
ドンドンドン!!
ピンポーン!!ピンポーン!!

「…何よ」

ドアを叩く音とインターホンの連打。
さすがに目が覚める。
築50年になるアパートは少しの物音でも響くのにこの連打攻撃は酷い。

「眠い…」

テーブルに散らばった空のお菓子の袋の数々。
お風呂上りのスッピンにかれこれ10年物の高校時代のジャージを着た姿。

「どなたですか?」

ベッドから叫んでも玄関に声は届くわけもない。
身体を起こすのも面倒だけど鳴り止まないインターホン。

「なんなのよ」

ため息を吐き目を天井に向けるとあまりの出来事に身体いや脳、全身全霊で悲鳴を上げた。

「あ、え、どうゆう事?!」
「藍沢さーーーん大丈夫?!」

私の疑問の雄叫びと外から聞こえてくる大家さんの叫び声の二重奏。

「…意味が分かんない」

じわりと水分が染みてる布団と天井にも染みが浮き出てる。
起き上がりフローリングに足を付くとびちゃびちゃと嫌な感触に足を再度ベッドに戻した

「開けるわよー!!」

ガチャリと鍵を開けて大家さんが絶句してる。
部屋中水浸しどころか玄関付近はじわじわとは言い難い水量とジャバジャバと天井から水が流れ出し玄関は軽く池になっていた。



「大家さんこれは?!」

ピッキング?
ラブレター?
そんな物よりこの状況が一番酷い。

10月も終わりに近い夜の外は肌寒い。
何とか部屋から抜け出した私は軽くパニック状態で住人さん達と大家さんに話を聞いていた。

「屋上のタンクが劣化して一気に水を放出しちゃったみたいなのよ…1番酷いのが203号室、あっ、この部屋は空室なの…103の珠子ちゃん家がとにかく酷くて」

大家のおばちゃんが申し訳なさそうに頭を下げる。
大学時代から安い家賃で住まわせて貰ってる手前文句も言えない。

「修理に時間をかけるか建て替えなのよね。私も歳だから息子達と話し合って最悪は取り壊す事になるかも」

これ実は夢?
それならなら早く覚めて欲しい!

(…うん痛い)

頬を抓ると言うベタな事をやってみたけど痛い物は痛い。

「今日は遅いし明日考えるか」

ご近所さん達はさほど酷くないのか呑気に口々に言いながら部屋へ戻っていく。

「今日は珠子ちゃんうちに来る?」

私を心配して大家さんは言ってくれるけど丁重にお断りをした。
びしょ濡れの仕事用のバッグから携帯を取り出して見ると防水加工のおかげで何とか生きてる。

「財布の中身は…全滅」

お金は見るも無惨に濡れていて今は財布から出せそうにない。

今日は奏に連絡して…でも奏も忙しいし。
カードは大丈夫そうだから着替えを…


ーーヴーッーーヴーッ


手にしてた携帯の振動にディスプレイを見ると旦那さんである彼からのメールのお知らせ。
軽くパニックの私は指をスライドさせた。

〔もう寝てるよな?明日で良いから連絡下さい〕

この時の私は”どうにかこの状況を”としか考えられず彼の携帯番号を押してしまっていた。


◇◇


本当についてない。
やはり物件探しを急ぐ必要がある。

(家電製品も洋服も壊滅的だよな…)

電話で駆け付けた彼は絶句で私をそのまま車に乗せ何も聞かされないまま連れて来られた。

「はい。降りて」

閑静な高級住宅街にひっそり佇む5階建てのマンション。
車を降りてジャージ姿の私は地下駐車場から部屋に直結するエレベーターに乗せられた。

(…凄い。ご家族見てたらお金持ちなのは分かってたけど)

ホテルさながらの黒の絨毯と天井は3階にも関わらず高くて3mはありそう。
一部屋一部屋に広さがあるマンションのタイプらしく見える限り隣の扉が2ヶ所しか見えない。
指紋認証とパスワードで開く扉を開けて貰い「どうぞ」と中へ誘導された。

「…ありがとうございます」

素敵なマンションに感動しつつ玄関でさすがにバスタオルを借りた。

「そう言えば仕事の用だったんですか?」

拭ってた手を止めておずおずとタオルと自分の前髪の隙間から覗くと彼の目が…

何か…怒ってませんか?
普段見せてる鉄壁の笑顔は何処へ?

「あの…」
「何ですぐ言わなかった?」

冷たい声のトーンに身体が固まる。

(えっとこれは相当なミスがあったとか…?)

想像も出来ず「すみません」と謝るしかない。

「橘チーフから聞いたんだけど」

奏と私の間で思い当たる仕事の話は思いつかない…けど

「ストーカー被害にあってたんじゃないの?」

「あぁ、その事ですか!何もかも一気に解決しました」

自慢げに言って微笑んだ。
アパートは酷い有り様だけど一つ解決みたいな。

「あのな…命にかかわる事だって。何でこう仕事は完璧なのに自分には無頓着と言うか…」

飽きれた顔を一瞬見せて「無事で良かった」と微笑んだ。

「心配してくれたんですか?」

“まさかね”と思い聞いてみる。

「当たり前だろ?嫁さんなんだから」