あなたの記憶が寝てる間に~鉄壁の貴公子は艶麗の女帝を甘やかしたい~

ランチタイムも終わり事務の金子さんから「部長から連絡が」と聞き本日3度目の上層部フロアへのエレベーターに飛び乗る。

「本当に私が好きよね…」

臨戦態勢で上層部フロアに急いだ。
本当は履きたくもない高めの黒のハイブランドのヒールにカッチカチに自身を固めたグレーのスーツ。
背中まである緩めのパーマヘアを1つにまとめお洒落には程遠いお団子ヘア

「行きますか」

口から出た気合とは真逆の足取りでさっさと呼び出した張本人の元へ向かう。

「藍沢です」

入り口のドアを今日3回目のノックをして中からの返事を待った。

「どうぞ」

その声にうんざりする気持ちを押し殺して足を1歩踏み入れた。



チクチク続く説教いやお叱りでストレスメーターは振り切る寸前。

(お守り…)

長年培われたスキル意識操作発動!

また騙されたのか…
壺の時は未然に防げたのに!
まぁ、騙すより騙された方がマシか。
愛されるよりも愛したいって歌が昔あったな…

「聞いてるのか?」たまに入る合いの手に反省した表情で頷く。

「きちんと君が注意して。土日に毎回休むとか昔は」

(もう無理!耳に入ってきません)

金子さんのシフトに土日出勤を組み込めと言う内容。

(こんなのが世界でも有名な蘇芳の幹部だなんて…飽きれる)

子供2人を育てる金子さんはシングルマザー。
私がわざと土日にシフトを入れない事がこの上司は気に入らない。

「君がそんな風だと周りに示しが付かないだろう」

周りに?
シフトを作成する前に他の社員さんと話はしてる。
金子さんの頑張りを知ってるからこそ他の子達が「金子さんに土日休み」をと言ってくれるのだ。

「土日何処行っても多いし。欲しい時は言います」

これがうち東館の社員さん達の意見。
それを“土日の休みを皆んな欲しい!”そう思ってるのが常識と考えてるこの上司はひびの入った骨董品レベルの価値のなさ。

「この間から言ってるけどね」

(うるさい)

「紳士服売り場の、あのほら誰だっけ」

(本当にうるさい)

「蓮池(はすいけ)さんですか?」

「そうそう。あの子だと紳士服売り場の品位が落ちると思うんだよ」

(どの面下げて品位とか言ってんの?)

「彼女なりに頑張ってくれてると私は思ってますけど。上半期の売上にもかなり貢献してくれましたし」

笑顔を向けて(話す事はこれ以上ないですよの意味で)一礼した。

まだ何か言いたげな部長は神経質を露わにしてシルバーフレームの眼鏡をコツコツとデスクにぶつけてる。

「30過ぎると可愛げもない。一ノ瀬君も大変だろうな」

ボソッと呟いてほくそ笑むのが見えて吐き気がする。
旦那が社長に目を掛けられてるにも気に入らないんだろう。

「では失礼致します」

(…我慢…我慢)

グッと拳を握りしめ扉を開いて胸を張り部長室を出た。

「ひどッ…ボロボロじゃない」

さっき通り過ぎたフロアと管理棟に置いてある鏡にうつる自分にため息が出る。

ヒールにカッチカチに自身を固めた戦闘服代わりのスーツ。

(…疲れる)

ヒールの歩きにくい事と言ったら。
こんなのよりスニーカーで歩きたい!!

化粧?
そんなので時間取られるくらいなら最近推しのアニメを見てたい!!

(毎日何回もよく呼び出すわ…)

藍沢 珠子30歳
蘇芳百貨店東館チーフ
頼るのは嫌いなクセに頼まれると断れない。
付いたあだ名は艶麗(えんれい)の女帝

嫌な事を受けてこそチーフ。
これも給料の一部と考えて…

「今日はビールでも買って帰ろう…」

重い足を引きずるように事務所に向かった。