どのくらいの時間がたったのだろう……手術室の待合室は他の患者さんのご家族もいたが重苦しい空気が流れて窓から見える景色はいつのまにか夕陽が沈んで真っ暗になっていた。そんな中、蛍の義理のお父さんがやってきた。出張で地方にいたおじさんは急いで戻ってきたのだ。
「蛍は?」
「まだ出てこないの」

しばらくしてようやく手術室のランプが消えた。みんなでドアを見つめていると身体中に管をつけた蛍が出てきた。その顔は穏やかに寝ているようにも見えた。おじさんとおばさんは術後の説明を受けるため談話室に向かい。蛍は集中治療室(ICU)で面会はできないため俺は家に帰った。家に帰っても何もできず、ただただ蛍の無事を祈った。

次の朝、おばさんから連絡があってしばらくICUでの治療のため面会はできないから一般病棟に移ったら連絡をくれると言っていたがその連絡はいつまで経ってもこなかった。心配で連絡してもまだ会えないと言われるばかりだった。蛍は無事なのか?毎日不安で押しつぶされそうになりながら俺はおばさんからの連絡を待った。

ようやく蛍に会えると連絡が来たのは蛍が倒れてから2週間近くがたったころだった。俺は待ち合わせ場所の病院の玄関の前で30分以上も待っていた。するとおばさんがやってきた。
「おばさんっ」
久しぶりに会ったおばさんはかなりやつれていて顔色も悪かった。俺の中で不安感が大きくなった。

「一馬くん……早かったわね。全然会わせてあげられなくてごめんなさいね」
「いえっ蛍は?」
おばさんは小さくため息を吐きながらゆっくり話しはじめた。

「これから話すことで一馬くんが蛍に会いたくないと言えばこのまま帰って会わなくてもいい。でも、もしまだ蛍のことを友達だと思ってくれて会いたいと思う気持ちがあるのなら会ってあげてほしいの。こんなこと私から言うことじゃないかもしれないけど、あの子……ずっと一馬くんが大好きだったのよ。こんなことになるならもっと前に一馬くんに打ち明ければよかった。そしたらきっと……」
おばさんは声を詰まらせながら蛍の思いを伝えてくれた。蛍に何かあったのか?だから俺には連絡をくれなかったのか?今の蛍の状況がわからなくて不安でどうしていいのか戸惑った。でも……と気持ちを切り替えておばさんに向きあった。

「おばさん、俺はずっと蛍が好きです。初めて蛍に会ったときから。その思いは今も変わりません。もし仮に蛍に何か後遺症が残ってもずっと俺がそばにいます。そばで支えさせてください」
自分の気持ちを素直に伝えるとありがとうと言ってくれ、そして今の蛍の状況を教えてくれた。

「目が覚めた蛍は何も思い出せないみたいなの……記憶がね……だからなのかあのおしゃべりな蛍が話すことができなくなった。後遺症で言語障害と記憶障害、左の耳も聞こえづらいみたいで……だから一馬くんを見ても反応するかどうかはわからない。それが怖くて今まで連絡できなかったの。本当にごめんなさい」

何も思い出せない?俺は蛍にどう向き合えばいいのかわからなかった。ただ……蛍のあの弾けた笑顔をもう一度見たいと期待をしながら俺はおばさんと蛍の病室に向かった。

蛍の病室の前には白衣を着た女性の先生が立っていた。
「初めまして。蛍さんの担当医の小林です。家族以外の人と会うのが初めてなんです。だから彼女がどういう行動をするのかわからないけど、もし何かあればこちらで対処するから大丈夫よ」
そう言われて頷いた。

「蛍、今日はお友達を連れてきたわよ」
おばさんと先生の後ろから病室に入ると車椅子に乗っている蛍が見えたが、無表情であの頃よりも痩せて細くなってしまって俺の知ってる蛍はそこにはいなかった。