「蛍、蛍っ」
何度も呼びかけても蛍からの返事はなかった。保健の先生はあたふたしはじめ救急車を要請したのを見て俺も急いで自分と蛍の荷物をクラスに取りに戻った。みんなが何かを言っていたがそれに応える余裕もないくらいに俺は焦っていた。救急車が到着して先生と一緒に病院に向かった。

俺にとって蛍はこの世界で唯一の大事で大好きな人だ。俺のせいで目が見えづらくなった時も何事もなかったように笑ってくれた。俺が蛍の送り迎えでサッカー部を辞めた時にはすごく怒ったし、自分が送迎させてるからと責めたこともあった。

でもあの時、俺が部活を辞めたのは蛍のせいじゃない。蛍の怪我のことはみんなは知らないから、俺たちが付き合ってると勘違いしてやめたことになってるけど本当の理由は顧問の先生との折り合いが悪かったからだ。先生は俺にサッカーの才能があると勝手に決めつけスポーツ推薦で有名な高校に行けるように指導してやると土日もテスト休みも俺にはなかった。それが俺は苦しくて辛かった。俺は別にサッカー選手になりたいと思ったことは一度もない。昔から親父の歯医者を継ごうと考えていたからだ。俺はただ好きなサッカーを楽しくしたかっただけなのに……それを勝手に先生がみんなに言うからいつの間にか俺はスポ薦で有名な高校に行くと思われてしまった。俺は蛍と一緒にただ普通の高校生活を送りたかっただけなのに……

高校になったら蛍に告白しよう。そう思いつつヘタレな俺は何も行動できずにただ蛍のそばにいた。周りから付き合ってると思われてて嬉しい反面、蛍が他に好きな人が現れたら、すでに誰かを好きだったらどうしようと……だったらこのまま彼氏のフリをさせてもらえればいいんじゃないかって考えていた。でも本当はもっと早く蛍に打ち明けていれば……こんな状態にはなってなかったのかもしれない……

蛍が病院に着いて診察を受けていると蛍のお母さんがやってきた。

「ごめんね。先生もすみません。一馬くんも来てくれたのね」
「いえ……すみません。何もできなくて」
保健の先生は蛍のお母さんと少し話してから帰って行った。すると病院の先生が診察室から出てきた。

「小野寺さんですか?今すぐにお話があります。よろしいですか?」
「っわかりました。一馬くん待ってて」
俺は家族でもないから待合室でおばさんが出てくるまで待っていた。蛍が無事ならそれでいい。何事もないといいが……おばさんが診察室に入ってどのくらいたったのだろう。蛍はストレッチャーに乗せられて出てきた。

「おばさんっ」
「一馬くん、蛍、蛍……これから手術なんだって」
おばさんは震える手を握り合わせていた。

「一馬くん、あの子ずっと1人で我慢してたのよね。いつもそばにいたのに母親失格よ」
おばさんはその場に泣き崩れてしまった。おばさんの肩を抱きながら蛍と一緒に手術室に向かった。蛍の目は硬く閉じられていた。早く目を開けてほしい。いつものように笑ってほしい。そう思いながら手術室の中に入っていく蛍をただ俺は眺めていた。

蛍はくも膜下出血だった。原因は色々あるみたいだが若い子は生まれつきの脳動静脈奇形やストレスが要因になっているとも言われている。この前、階段から落ちた時にMRIを受けていれば奇形だった場合発見できた可能性もあると言われたらしい。それにもしかしたら後遺症が残る可能性もあると言われた。身体の麻痺(まひ)や感覚障害、言語障害、記憶障害など色々……

俺は蛍にどんな障害が残ってしまったとしてもそばにいようと心に決めた。確かにこの時は決めたはずだった。それなのに……こんなにも心が折れてしまうことになるなんて……この時の俺は思ってもみなかった。