俺はなんとか医学部に合格することができた。でも蛍は……
「蛍、今日も大学行ってきたよ。やっぱ難しいわ〜でも俺、頑張って医者になるから医者になって蛍を必ず治すからもう少し頑張ってよ」
あれから半年以上も蛍は眠ったままだ。昔読んだ絵本のようにおでこにキスをしたことがあったけど……そんなものはただのおとぎ話だ。

おばさんもおじさんも日に日に疲労の顔が滲んできた。早く目を覚ましてほしい。あの頃のように無表情でも、ただ蛍がいてくれるそれだけで俺は幸せなんだ。今日も蛍の手と足をマッサージしていく。もし目が覚めた時にちゃんと動くように、それに刺激になるらしい。それと俺は帰るとき必ず蛍を抱きしめてから帰る。このまま蛍が目が覚めない場合もあると先生に言われてから怖くなった。明日、蛍に会えなくなったらどうしようって……だから蛍のぬくもりを少しでも感じたかった。

今日も蛍を抱きしめようと布団をめくったら……蛍の右手の人差し指が動いてる気がした。
「蛍?蛍?」
何度か声をかけると、瞼が少し動きはじめた。もしかしたら蛍は目が覚めるんじゃないかと思った。俺は焦りながらおばさんに電話をかけた。最近は俺たち2人きりで病室にいさせてくれるからだ。
「おばさん、蛍が目を覚ますかもっ」

おばさんは先生と一緒に走ってきてくれた。
「蛍、蛍〜目を開けて」
おばさんと俺は蛍に声をかけ続けた。
「蛍、戻ってこい。早く戻ってこい」
すると……蛍の目が開きはじめた。俺は蛍の手を握ると少しだけ力が入っているように感じた。

蛍は1年近くぶりに目が覚めた。おばさんと俺の顔を見て
「お母さん、一馬……」
と声にはならなかったが、唇の形がそう言ったように見えた。

「蛍、お母さんがわかる?わかるのね」
蛍は少しだけ頷いたように見えた。俺は思わず後ろを向いて腕で顔を隠した。今まで堪えてきた涙が頬を伝っていった。すると蛍が手を伸ばしてると言われ振り向くと俺のシャツを掴もうとしている蛍がいた。俺は泣き顔のまま蛍に向き合った。

「蛍、こんにちは一馬です。今日も会いにきたよ」
あの頃のような挨拶をすると微笑んでくれたような気がした。
目が覚めてからの蛍の回復ぶりは凄かった。おばさんやリハビリの先生、そして俺がマッサージをしてたからか手も足も動くようになって声は最初は掠れていたが最近は出るようになった。そして記憶も……

「一馬がお医者さんなんてね。でも歯科医じゃなくてなんで精神科?」
「まぁな。あっそれよりまたリハビリサボったって先生怒ってたぞ」
「だって相変わらず体硬いんだもん。疲れちゃって」
蛍はほとんどの記憶が残っていて忘れることなく会話もすることができるようになった。

そして蛍が退院の日、俺はピンクのバラを5本持って蛍に会いに行った。
ピンクのバラ5本の花言葉は
「あなたに出会えて心から嬉しいです」
と言う意味らしい。バラの花を蛍に渡しながら

「蛍、これから大変なこともあると思うけど俺が医者になれたら結婚してくれる?」
とプロポーズをした。

「付き合って言われてもないのに結婚?早くない?でも……嬉しい一馬」
そう言って俺の胸に抱きついてきた。色んなことがあって心が折れそうになったこともあった。いつまでも目が覚めない蛍を見ているのは本当に本当に辛かった。でも今はこうして……話ができるようになって、自分の足で立って歩くことができるようになった。

「蛍、愛してるよ。ずっとずっと好きだった。告白できなかったけどさ」
蛍は目を真っ赤にしながら首を横に振った。
「私も言えなかった……一馬が好き、大好き」
俺たちは抱き合って初めて触れるだけのキスをした。これからずっと離れないように誓いのキスを。