蛍はリハビリの成果もあって少しずつ自分の身の回りのことができるようになった。それと同時にオウム返しだった言葉が少しずつ会話ができるようになってきた。残るは記憶だけ……何度か家に外泊もできるようになったので一旦、退院して通院でリハビリに通うことになった。

蛍が退院してから俺は本格的に受験勉強をするために塾に通い始めた。確実に現役で医学部に入るためには仕方がないと諦めた。そのため蛍に会うのを朝に切り替えることにした。今日は休みだが蛍のサイクルを崩したくなくていつもと同じ時間に蛍に会いにいった。

「おはよう蛍。今日は少し蒸し暑いね」
「おはよう、一馬。今日もありがとう」
まだ過去の記憶は思い出せないようだが俺のことはいつも来る人と認識してくれてるようだった。

「今日は暑いから帽子を被ろうか」
「うん。そうだね、お母さん帽子」
「はい。蛍、一馬くんいってらっしゃい」

「いってきます」
手を繋いで外に出た。今日は朝から蒸し暑かった。暑いので2人で10分くらい話をしながら散歩をして帰るのが退院してからの日課になっている。そして今日は……

「あれ?蛍じゃん退院したんだね。っもぉ〜早く佐渡くんを解放してあげないとかわいそうだよ」
そう言って歩いて言ってしまった。誰かに会う可能性があることはわかっていたが、よりにもよって柚が嫌いな金子に会うなんて……そういえば俺が金子を好きだなんて勘違いをしてたくさん泣いたんだろう。あの頃の蛍に会いたい。そうしたら蛍の勘違いだって、俺が好きなのは昔も今も蛍だけだって抱きしめてあげるのに……そんなことを考えていた。すると蛍の手が俺から離れて頭を抱えてその場にうずくまってしまった。

「蛍?」
顔が真っ青になってきてイヤイヤと頭を振り出した。俺が咄嗟に抱き上げようとしたら
「いやーいやぁ〜」
と言って呼吸が乱れ始めた。この症状は手術後、俺に会った時と同じ症状だ。あのときのことがあって俺は過呼吸の対処法を色々と読んでいた。まさか実践する日が来るなんて思っても見なかったが……

俺はその場に座り俺の肩に寄りかからせるように蛍を少し前かがみに座らせ抱きしめながら背中をトントントンと自分の呼吸に合わせてたたいた。
「大丈夫、大丈夫だ蛍」
そう何度も呼びながら……でもこのままじゃまずいと思い俺は片手で蛍を抱きながら、救急車の要請とおばさんに電話をした。焦って走ってきたおばさんに俺はさっき金子に会ったことを話した。

「過呼吸を起こしてしまったみたいで……救急車も呼びました」
すると一馬くんが対処してくれてよかったと言ってくれたが蛍は目覚めることなく病院にむかった。

病院で検査をして、くも膜下出血の再発ではないと言われたが脳は寝ている状態だと……
「倒れる前に何か変化はありましたか?」
先生に聞かれて俺は金子のことを話しをした。すると……

「もしかしたら自分の心が壊れないように守っているのかも知れません。あなたと彼女の関係を知らないまま倒れてしまったのなら尚更……」

「蛍は……目が覚めるんですか?」
おばさんの問いかけに先生は首を振った。

「わかりません。すぐに目が覚めるのか……それとも何年も先になるのか……蛍さんが目覚めたいって思うまで待たないといけません」
俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。それはおばさんも一緒のようだった。これからどうすればいいのか、どうしたらいいのか……

毎日、蛍に会いに病院にいった。今日はどんな話をしようか、目が覚めているだろうか?変化はあるだろうか?そんな期待はだんだんと薄れていった。毎日、毎日、目が覚めない蛍に会いにいった。季節は移り変わっているのに俺の心は立ち止まったままだ。