3月。
病院の白梅は連日のほかほか陽気で満開になり、桜のつぼみもほころびはじめた。
待ちに待った金曜日。週末。遊びの予定は入れない。

朝から、黒ぶちメガネひっつめおだんご黒髪の地味医療秘書として都内の大病院の小児科のデスクパソコンへ向かい、
カルテを出し、資料をまとめ、医師と看護師たちのおやつを用意し、医局内の掃除をする。

45歳。枯れた女を演じる。いろいろ聞かれるのが面倒だから。
職場では「バツイチ、子なし、ひとり暮らし、万年恋人募集のアイドルオタク」として過ごしている。
実際に、職場のシステムデスクの上に、20代中盤くらいの大人気アイドルの写真を飾っている。好きだし。

ひんやりとした夕闇の中、自転車を飛ばして自宅へ帰り、シャワーを浴び、藤色の部屋着に着替えて、乾かした髪はポニーテールにし、薄化粧をする。
お米を洗って炊飯器にセット。昨日のうちに圧力鍋で作っておいたビーフシチューをチェック。ん、おいしそう。

ワンルームの部屋に干しておいた洗濯物を取り込んで押し入れに放り込み、こたつの上に放置された化粧品やメイク道具は、100均で買ったカゴ風ボックスの中へ。畳に軽く掃除機をかけ、ラベンダーの香りの消臭スプレーをプッシュ。
これで、

「私のシンデレラ」を迎える準備ができた。

「ただいまー」

ご飯がふっくら炊け、ビーフシチューがあたたまり、レタスをちぎってミニトマトとくし切りのゆでたまごを飾ったサラダが完成したところで、恋人が帰ってきた。
(あ、ヘロヘロ)
白い顔がますます白い。目の下には黒いクマ。でも、顔が良い。スタイルも良い。琥珀色の目はぱっちりしていて、同じ色のまつ毛が濃く長い。天然パーマの短い黒髪は、夕方の風に吹かれたせいでくちゃくちゃだが可愛い。

15歳年下の事実婚パートナーは、そこそこ名の知られた食品メーカーの営業部にいる。
いつもにこやか・さわやか・真面目な営業さんを演じているので、うちに帰ってくるとスイッチがオフになるらしい。「逆シンデレラ」かな。
「これおみやげ」

「うわー、ありがとう!!」
プリンだ。駅ナカデパ地下のプリンだ。わーい。ひとりじめー。

「お腹すいたでしょ。
それとも先にお風呂入る?」

ぎゅうううっと抱きしめられて、ちゅうううっと甘いキスをされました。
ふふ、週末、きみをひとりじめ。