『おっ、ロザリーってば案外鋭いところもあるのね』なんてマリアンヌが感心していると、溜め息交じりにレックスが口を開いた。

「行って帰ってくるだけで相当な時間がかかる場所だというのに? 誰かって具体的には誰? しかも投げたって、湿地帯の手前まではかなりの距離があるけど、そんな剛腕がいるのならお目にかかってみたいものだ」

てへっ、実はここにいるんですよー。
いや、私もあんなにうまく飛ぶとは思わなかったんですけどねー。

……とはさすがに言えないわね。

マリアンヌが神妙な顔で黙っていると、フルフルと震え出したロザリーは「絶対マリアンヌがやったんだから!」と捨て台詞を吐いて、食堂から逃げ出した。
とうとう呼び捨てにされてしまったし、随分と嫌われたものである。

「義姉上、大丈夫? あの頭のおかしな令嬢のことは気にしないほうがいいよ。まったく、兄上もどういうつもりなんだか」

一瞬暗く蔑むような目をしたレックスだったが、すぐにマリアンヌへいつもの優しい穏やかな視線を向けると、慰めるように彼女の頭を撫でた。
一つ年下のはずのレックスは、いつの間にかマリアンヌの背丈を遥かに超え、こうやって甘やかしてくるのだから困ってしまう。

「ありがとうございます、レックス様。私が知らない間に随分しっかりとなられて。もう立派な紳士ですね」
「ふふっ、あなたにそう思ってもらえたなら嬉しいよ」

クールな第二王子の、めったに見せない艶やかな微笑みに心を打ちぬかれた令嬢たちによって、食堂での出来事は瞬く間に拡散されたのだった。