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「睡眠薬……?」

 想像していなかった言葉に俺は驚く。テーブルの上の薬に書かれた薬品名は、ちっとも聞き覚えがなかった。

「なんで睡眠薬なんて……」

 口をついででた言葉に彼女は無気力そうに返す。俺はその言葉が失言であったことにすぐに気がついた。

「……『なんで』?」

 彼女の薄暗い目に俺の姿が映るが、俺を捉えてはいないようだった。それは今まで俺が見たことのない目で、彼女は絶望の底しか見えていない、そう感じた。

「私はただ、死ぬのを待っているだけ。家族と約束しちゃったの、自殺しないって。だから死のうにも死ねないの」

 頑張って笑いかけようとしたのだろうか、口の端がひくっと動こうとした。だけどもうそんな体力も残ってないのか、彼女の口元が弧を描くことはなかった。

「……わたしも早くあっちに行きたい。人生100年なんて長すぎるから、眠って早送りできないかって思ったの」

 できなかったけど、と彼女は付け加える。虚ろに天井を眺める彼女の姿はなんだか物悲しくて、俺はなんと声をかければいいか分からなかった。