魔法通りの魔法を使わない時計屋さん


 と、そんな彼女たちのやりとりをじっと見ていた男が口を開いた。

「5年前に、もう君はこの時計屋をやっていたのかい?」
「え?」
「今、5年前って言っていただろう」
「あぁ、5年前に修理をしたのは私じゃないですよ。私がこのお店を開いたのは2年前ですから」
「じゃあなんで5年前ってわかったんだい」
「時計の裏蓋の内側に大抵書いてあるんですよ、修理した日付と職人のサインが」
「へぇ。それは知らなかったな」

 感心したように男は何度も頷いた。

「それよりもうお昼ですけど、まだ居座る気ですか?」
「君が時計を直してくれたら、すぐにでもお暇するんだけどな」

 男は悪びれもなくにっこりと笑う。リリカの頬がまたピクピクと引きつった。

「……リリカ、オレお腹すいた」

 ピゲが小さな声でおずおずと言うとリリカはちらっとピゲの方を見てから男に言った。

「あの、私たちお昼の買い出しに行きたいんですけど」
「あぁ、いいよ。僕が店番をしているから行っておいで」
「は?」
「と、言うわけにもいかないね。僕が何か買ってこよう。この通りには美味しそうなお店がたくさんあるからね」

 そう言って、男は漸く椅子から立ち上がった。

「え、」
「リクエストはあるかい? その子のお昼も買うんだろ?」

 初めて男と目が合ったピゲはびっくりして思わず耳を伏せ頭を低くした。
 リリカは少しの間口をパクパクさせていたが、はぁ~と諦めたように大きく息をついた。

「……じゃあ、3件隣のお弁当屋さんで普通のサンドイッチと猫用のハムサンドをお願いします」
「わかった。行ってくるよ」
「あ、お金!」
「いいよ。無理を言っているのはこちらだからね。お昼くらいはおごらせてくれ」

 そうして彼は帽子を目深にかぶり店を出て行った。

「……無理を言っている自覚はあるのね」

 ピゲも同じことを思った。