◯オフィス街
翌日。
彩陽は会社へと出勤するが、会社に近づくにつれて昨日の理人からのプロポーズを目撃した人達が口々に声を潜めて話をし、視線が集中する……。

周りの人F「ねぇ、見てみて……」
周りの人G「あの人が……」
周りの人H「どういうつもりで今日、出勤してんだろう? あたしだったら、絶対にムリ、ムリ〜」
周りの人I「男子高校生たぶらかしてんだって?」

会社内に入るとさらにそれはあからさまとなり、彩陽はストレスを感じながら仕事をこなしていく……。

彩陽の同僚である藤田(ふじた) (めぐみ)が心配そうにチラチラと彩陽を様子を伺っていた……。


〇 昼休憩ー会社から少し離れた公園内
ようやく、午前中の仕事が終わり、彩陽は逃げるように部署から公園へとやって来て、ベンチに力なく座り込む。

彩陽「はぁ……」
恵「そんなにため息ついてたら幸福(にあわせ)が逃げちゃうよ?」
彩陽「……?」

彩陽はのろのろと声のした方へと視線を向けると、そこには恵が心配そうに立っていた。

「ーーって、言うのも、今のあんたにとっては酷な話でしかないよね……。ごめん……」

申し訳なさそうに謝罪する恵に対して、彩陽は急いで言葉を紡ぐ。

彩陽「ううん……」
(私が落ち込んでるから……だよね?)

恵「それにしてもすごいものね……。昨日のあんたの話題で持ちきり!」
彩陽「……っ……」
恵「私も気になってないと言ったら……嘘になる。話を聞きたいけど……ムリはしてほしくないの」
彩陽「……恵……」
恵「とりあえず、なんか食べよっ」

彩陽は力なく首を左右に振る……。

彩陽「……た、べたく……ない……」
恵「認めないっ! 食べたくない気持ちも分からないでもないけど、さ……少しでいいからなんか食べないと身体(からだ)に悪いよ!」

恵は彩陽に言葉を投げかけながら、公園内を見渡すと、一部の場所にキッチンカーが停まり、食べ物を販売していて昼食を求めて人々が列をなしていた。

恵「あっ……少し前から気になってたスムージー屋さんあるよ! それにしよ!」
彩陽「いらっ……」
(……ホント、食欲ないんだってば……)

彩陽の言葉をかき消すように恵は言葉を重ねる。

恵「買ってくる! ここで席取ってて!!」

一方的にそう言ってから、恵はスムージーを販売しているキッチンカーへと駆けていく。

恵と入れ替わるように彩陽の側に1人の人物が現れ、声をかける。

友紀「大丈夫か?」

聞き覚えのある柔らかな声に彩陽はハッとして、勢いよく顔を上げる。

彩陽「か、ちょう!?」

ニコッと、会社の上司である谷崎(たにざき) 友紀(ともき)が微笑みむ。

彩陽「どうして、ここに!?」

突然、友紀に声をかけられて彩陽は驚きを隠せない。

友紀「午前中、外回りだったんだ」

彩陽(それは、知ってる……。ボードに書いてあったもの……。私が知りたいのはそういうことじゃなくて……)

何か問いたげな彩陽の表情に気がついた友紀は彩陽に尋ねる。

友紀「ん? どうした?」
彩陽「あ、い、え……」
友紀「気になるな〜。遠慮せずに言ってくれ」
彩陽「あっ……」

少し戸惑いを見せた後……彩陽はおもむろに口を開く……。

彩陽「どうして、こんなとこにいるのかな……と、思いまして……」
友紀「俺がいちゃマズいか?」
彩陽「あっ、いえ……そんなつもりじゃ……」
(やっば、イヤな気持ちにさせちゃった!?)

友紀の言動に焦る彩陽の姿を目にした友紀の口許が緩む。

友紀「……かっ、た……」
彩陽「えっ?」
友紀「ここで食べたかった」

笑顔を浮かべたまま、ちょんちょんと、彩陽が座っている場所を指差しながら友紀が言う。

ドキッ!!

彩陽の鼓動が高鳴る。

彩陽(そ、れって……)

友紀「今日はすごく天気がいいからなっ、絶対に外で食べた方がうまいって思ったんだ。丁度、外回りも終えたことだし」

公園に来る前にコンビニで購入した昼食が入っているビニール袋を軽く持ち上げる。

彩陽(あっ……そ、そういうこと……か。そ……そうだよね……)

彩陽の高鳴った気持ちがしゅーっと、しぼんでゆく……。

友紀「この季節はいいよな〜暑くもなく、寒くもないちょうどいい気候で時折、吹く風が心地よくて……」

彩陽「そ、そうですね……」
(今は5月の中旬。確かに、そうだけど! そうなんだけど、さ〜)

さらに彩陽の気持ちがしゅーと、しぼみ、切なさが溢れた瞬間……
すーっと、友紀の腕がのびてきて、彩陽の前髪をかきあげる。

彩陽「えっ……」

驚く彩陽のことを気にとめることなく、友紀は自分の額を彩陽の額にくっつける。

彩陽「ーーっ!?」
(えっ、な……に!?)

思いもよらぬ状況に彩陽はびっくりして、動けない……。

そのまま……しばし、2人はおでこをくっつけたまま時間だけが過ぎてゆく……。

友紀「……熱はなさそうだな」

喋りながら、友紀はゆっくりと彩陽から離れる。
友紀のおでこが離れた後もしばらくの間、彩陽の額には友紀の体温(ぬくもり)が残ったままで、彩陽はドキドキと早く大きく鼓動が忙しなく動いていた。

友紀「けど、顔色はさえないな……」
彩陽「……っ!」

友紀の言葉に彩陽は動揺する……。

友紀「……佐野」
彩陽「は、はいっ!」
友紀「教えてくれないか?」
彩陽「えっ……」
友紀「昨日のこと……」
彩陽「ーーっ!?」

ドキッ!! と、大きく彩陽の鼓動が打ち鳴らされ、戸惑う……。

友紀「……偶然……目にして……それが原因……なんだろ?」
彩陽「……っ!」

さらに彩陽は戸惑う……。

友紀「話したくなかったら話さなくていい! 無理やり聞こうとは思ってないから。ただ……」

ふっ……と、ほんの一瞬……友紀がやるせない表情で彩陽のことを見つめる……。

友紀「守れないのが嫌なんだ」
彩陽「えっ……」
友紀「佐野が落ち込んで思い悩んでる原因をきちんと知らないと守れないだろ?」
彩陽「ーーっ!」

彩陽の心がキュンと切なくなる。

友紀「今朝からずっと、周りにいる人達はほとんど佐野のことばっかり……口々に言いたい放題だ……。もしかしたら……根も葉もない噂が広まってて、その噂を耳にして傷ついてるかもしれない……。昨日のことを佐野の口からきちんと聞くことでそういう人達に『やめろよ』とか『違う』って、言いやすくなるだけでなくて、噂をとめるきっかけにもなるかもしれないだろ?」

一度、友紀は言葉を切り、彩陽に優しい微笑みを向ける。

友紀「だから、頼む……」
彩陽「……っ……」

彩陽はどうするべきか、悩み、束の間の沈黙が生まれる。

友紀は静かに彩陽を優しく見つめ続ける。

彩陽(……どうしよう……どうしたらいいの……?)

考え込んだ後……彩陽はゆっくりと話し始める。

彩陽「……で……す……」
友紀「えっ?」

あまりにも彩陽の声が小さかったために友紀の耳には届かなかった……。

彩陽「……幼馴染みです」
友紀「……お、さな……なじみ?」

彩陽はコクッ……と、小さく頷き、言葉を続ける。

彩陽「家が隣同士で、母親が昔、職場が一緒で同僚だったみたいで仲が良くて、家族ぐるみの付き合いしてて……彼は年の離れたただの幼馴染み(・・・・・・・)なんです」
友紀「……」

2人の間に沈黙が訪れる……。

彩陽(な、に……この沈黙……。信じてもらえなかった……? ひいた……?)

無言のままでいる友紀の様子に彩陽は不安を募らせる……。

彩陽(なに……か、言って下さい……課長……!)

すがるように友紀を見つめると、友紀の口許が微かに動き始めた瞬間……

彩陽「きゃっ!?」

友紀『ただの幼馴染み(・・・・・・・)……か。まだ、チャンスは残ってる……アプローチしていいわけだ……』

突風が吹き荒れ、そのあまりの風の強さに彩陽は瞳を閉じて俯く。
風のせいで友紀の紡いだ言葉は彩陽には聞こえなかった……。

突風がおさまると……彩陽は乱れた髪の毛を直しながら、友紀を見つめ直すと、柔らかな微笑みを浮かべた友紀と目が合う。

ドキッ!! と、彩陽の鼓動が高鳴る。

友紀「話してくれて、ありがとうな」
彩陽「いえ……」
友紀「じゃ、そのお礼に……」

手にしていたコンビニの袋からいちご大福を取り出し、彩陽に手渡す。

友紀「はい」
彩陽「えっ……」
友紀「ご褒美」
彩陽「ご、ほうびっ……」

わけが分からずに彩陽は慌てふためく。

友紀「話してくれたご褒美」
彩陽「えっ、あっ……」
友紀「もらってくれ。それに返されたらすごく哀しい……」
彩陽「……っ……」
友紀「なっ?」

彩陽は友紀の心遣いを有り難く頂戴する。

彩陽「あ、ありがとうございます」

彩陽のお礼の言葉に友紀はニコッと微笑む。

彩陽(……なんで、いちご大福なんだろう?)

ふと、わいた疑問を彩陽は口にする。

彩陽「……どうして、いちご大福なんですか?」
友紀「ん?」

少しの間、間があく……。

彩陽(……もしかして……聞いちゃマズいことだっった……? えっ、ど、どうしよう!)

彩陽「えっ、あ、の……か、ちょう!」

急いで言葉を紡ごうとするも彩陽は上手く言葉を紡ぐことが出来なかった……。

伺うように友紀を見つめると……友紀の頬がほんのりと赤く色づいている。

彩陽(えっ、なに……)

友紀「……す、き……なんだ……」

ドキッ!!

友紀の言葉に彩陽は息を呑む。

彩陽(……そ、れって……)

真っ直ぐに彩陽を見つめて、友紀が言葉を紡ぐ。

友紀「和菓子が」
彩陽「ーーっ!?」
友紀「特に小豆を使った和菓子が好きで、目にしてしまうと、つい……買っちゃうんだ……。今の時期はいちごが旬だろ? さらに惹かれる……と、いうか……」
彩陽「……」

思ってもなかった友紀の言葉に彩陽はただ、きょとんとする。

友紀「……佐野……?」

無言でいる彩陽に友紀は疑問を抱く。

友紀「おーい、佐野っ!」

彩陽の顔の前で友紀が腕を振る。
ようやく、彩陽は我に返る。

彩陽「あっ、すいませんっ……! 意外だな……と、思ってしまって……」
友紀「……?」
彩陽「よくブラックのコーヒーを飲んでる姿を見かけるので。だから……甘いものは苦手だと……」
友紀「そっか。ブラックのコーヒーも好きなものの1つだ。俺、苦手ものも甘いものもどっちもいける奴なんだ。……変だよな……」
彩陽「いえっ! そんなこと……。 好みは人それぞれですし、自分の好きなものを包み隠さずにきちんと言えるのって、素敵なことだと思います! それにいちご大福美味しいですよね!」

切なそうな顔を浮かべた友紀だったが、彩陽の言葉に元気づけられ、再び、笑顔を浮かべる。

友紀「……だよな、美味いよな! コンビニでいうのなら……佐野に渡したこれで、和菓子専門店で言うと……」

瞳を輝かせてまるで子どものように嬉しそうに話す友紀の姿を見て、彩陽はときめく。

一通り、いちご大福の話を終えると……友紀の携帯電話が鳴る。

友紀「悪いっ!」

素早く電話対応する友紀だが、彩陽のことをほっておくことはせずに申し訳なさそうな様子で去っていく。

数秒後。

スムージーを手にした恵が彩陽の元へと帰ってくる。

恵「良かったねっ!」

不意に声をかけられ、彩陽は驚く。

彩陽「め、ぐみ」

ニコニコしながら、恵が言う。

恵「いい雰囲気だったじゃん!」
彩陽「見てたのっ!?」
恵「うん! おでこをくっつけるところなんて、もうきゃー!! だよ」
彩陽「ーーっ!?」

瞬時に彩陽の顔が真っ赤に染まる。

彩陽(そこから!? そのやり取りから見てたってこと!? は、ずかしすぎる……)

彩陽は顔を真っ赤に染めながら、少しいじけながら言う。

彩陽「もー戻ってきてたなら、声かけてよっ!」
恵「声かけるも何も……その時はまだ、スムージー屋さんでスムージーが出来るのを待ってたんだよ? あんたのことが気になって、遠目からチラッと、見たら……その時だっただけよ! だから、2人がどんなこと話してたのかはもちろん、分かんないわよ。けど、すごーく……ものすごーくいい雰囲気だったってことは間違いないなかったわ!!」

彩陽はさらに顔を赤く染めていく……。

恵「これは……ひょっとすると……」
彩陽「な、何?」
恵「あんたのこと、気になってるのかも!」
彩陽「えっ! そ、そんなこと……」
恵「ある!!」

キッパリと言いきる恵に彩陽は疑問を抱く。

彩陽「どうして、そんなにキッパリと言いきるの?」
恵「だって、熱測るのにわざわざおでこくっつけたりする!? それに、ほら……」

恵は彩陽の掌に置かれたいちご大福を指差す。

恵「もらったんでしょ?」
彩陽「……」

言葉なく、彩陽はコクッ……と、頷く。

恵「飲み物を奢ってる姿を見ることはあるけど、わざわざ自分が食べようと買ったものを渡すなんてこと……そうそうしないよ? あっ、これは課長に限らず、ね! 気があるからこそのことじゃない?」
彩陽「……そう?」
恵「そうだよ! 想い叶いそうじゃんっ!! 告白しちゃえ!!」
彩陽「なっ……!?」

恵は彩陽の隣に座ると、彩陽のことをつついて、はやしたてる。

彩陽「もー、やめてよ〜」

2人の楽しそうな笑い声が公園内に響く。


◯昼休憩ー会社から少し離れた公園内
恵は彩陽の話(昨日のこと)を聞きながら、お弁当を食べ終わる。

彩陽「ーーと、いうことなの……」
恵「……なるほどね。話してくれてありがとう」
彩陽「ううん……。心配かけて、ごめんね……」
恵「そんなことないよ! それに気にしないで! わたしがほっとけなかったからしたことだよ」
彩陽「で、でも……」
恵「これもムリして全部飲まなくていはいからね」
彩陽「えっ、もったいないよ〜」
恵「なーに、言ってんの! わたしが買ってきたスムージーよりも先に食べた方が元気になるものがあるじゃない!」
彩陽「?」

恵の言葉が理解出来ずに彩陽はきょとんとする……。

恵「ほらっ、これよ、これ!」

彩陽の膝の上に置かれた、先ほど友紀から渡されたいちご大福を恵は指差す。

彩陽「ーーっ!」
恵「ねっ、そうでしょ!」

恵はニヤニヤしながら彩陽を見つめると彩陽は頬を膨らませて怒る。

彩陽「もー」

怒りの声を口にするも彩陽は手にしていたスムージーを大事そうに見つめながら、言う。

彩陽「恵が私のことを思って買ってきてくれたものだから最後まで味わって飲むよ。本当にありがとう! あっ、お金……」
恵「いいっ! 奢り!!」
彩陽「えっ、悪いよ!」
恵「悪くない! その変わり……」
彩陽「?」
恵「今度、何か奢ってよ!」
彩陽「りょーかいっ!」

彩陽と恵は顔を合わせて笑い合う。