〇 佐野家2階ー彩陽自室
彩陽は階段を駆け上がり、自室のドアを閉めようとした瞬間……
彩陽「ーーっ!?」
いきなり、後ろから抱きしめられる……。
その際、理人が抱えていた薔薇の花束が床へと落ちて、数枚の花びらが舞う。
理人「……彩陽ちゃん……」
彩陽「は、離して!」
理人「やだ!」
理人の腕から抜け出そうと身動ぐも……男性である理人の力には敵わない……。
それでも彩陽は身動ぎ続ける。
彩陽「離してってば!!」
理人「嫌だっ!!」
彩陽「離してって言ってるじゃないっ!!」
理人「離さないっ!! ここで離したらきっとダメなんだ……もう二度と俺の気持ち伝わらない気がする……」
彩陽「ーーっ……」
(離したら……ダメってなに? 二度と……伝わらない……って……)
理人「だから、離さないっ……」
力強く理人は彩陽を抱きしめる。
しばしの沈黙の後。
理人の言動に彩陽は観念する……。
彩陽「……ねぇ、1つ聞いていい?」
理人「何?」
彩陽「どうして私なの?」
理人「えっ……」
彩陽「どうして私を好きになったの? いつから……?」
理人「生まれて、彩陽ちゃんに初めて出逢った瞬間から……」
彩陽は理人の方に振り向いて、軽く睨みながら、ピシャリと一言告げる。
彩陽「ふざけないでっ!」
彩陽は機嫌を損ねたように……頬を膨らませてぼやく。
彩陽「やっぱ、聞かない!」
理人「えっ」
彩陽「好きになった理由……聞かないっ! 離して!」
再び、彩陽は理人の腕の中から抜け出そうと身動ぎ始める。
理人は慌てふためく……。
理人「うわー待った、待った」
ほんの一瞬の隙をついて彩陽はするりと理人の腕の中からから抜け出すも……理人は理人で逃さないとばかりに今後は彩陽を正面から優しく抱きしめて、素直に謝罪する。
彩陽「ーーっ!」
理人「それはさすがに大袈裟に言いすぎた、ごめん」
彩陽「……」
理人「聞いて……お願い」
彩陽「……」
理人「お願いします」
彩陽「……」
彩陽は言葉なく、頷く。
理人「最初、彩陽のことは世話好きの女の子……って、思ってたんだよね。可能な限り四六時中、俺の側にいて何でもかんでも甲斐甲斐しく世話してくれてたから。まぁ……彩陽ちゃんって、一人っ子で、俺が生まれた時は9歳だったじゃん、小さい頃は姉弟がほしい……って、せがんだこともあるんでしょ?」
彩陽「そ、それは……」
(なんで、そんなこと知ってるのよ! それはあんたが生まれるよりも前の話なのに……!!)
理人「ーーって、おばさんが教えてくれたんだけど。だから、俺が生まれた時、彩陽ちゃんは私が見なくっちゃ……。何でもしてあげなくちゃって、思って、俺の世話をしてくれてたんだと思う……」
彩陽「うっ……」
(……確かに……。ママから『小さい子には優しくしてあげてね』とも言われたから……って、いうのもあるけど……。認めたくはないけど……今、理人が言ったことはだいたい……ほぼ、合ってる……)
理人「彩陽ちゃんと一緒にいたい……俺を好きになってほしい……って、そうハッキリとした恋愛感情を抱いたのは7歳の時……彩陽ちゃんは14歳だね」
彩陽「ーーっ!」
(……その年……って……)
彩陽の顔色を見て、理人が意味深に言う。
理人「これは、すぐにピンときたみたいだね……」
◯(回想)13年前ー大津家のリビング
彩陽に目線を合わせるように母親ー彩奈が膝をつき、彩陽の両肩に手を置いて真剣な眼差しで口を開く。
その傍らには理人と理人の母親ー大津 由里子がいる。
彩奈「彩陽ちゃん……ママね、パパのところに行ってくるわね」
言葉なく、彩陽は小さく頷く。
彩奈「申し訳ないけど……」
由里子「こっちのことは気にしないで! 理人も手がかからなくなってきたし、元々彩陽ちゃんはしっかり者だから手はかからないから。逆に助けてもらったてばかりで……。だから、安心して! 大丈夫よ。それよりも心配ね……気をつけて」
彩奈「うん、ありがとう。行ってきます」
彩陽の声のみ
『……あの年……パパの単身赴任先で大きな地震が発生した……。それからもちょくちょく余震があって、連絡は取れないまま……不安を募らせたママは経ってもいられなくなって……パパの安否を知るために私を大津家に預けてパパの単身赴任先へと向かったんだ……』
◯(回想)13年前ー大津家のリビング
彩奈が大津家を後にしてから、すぐに由里子は彩陽の前に膝をついてしゃがみ込み、優しく笑顔を浮かべながら語りかけた。
由里子「しばらくの間、ここで一緒に暮らそうね」
彩陽の声のみ
『お互いの子どもを預けて見てもらうことは珍しいことじゃなかった。
元々、母親同士が仕事場の同僚で仲が良かった。ママが結婚を期に仕事を辞めてからも互いに頻々ではないにしろ、連絡は取っていてどこで暮らしているのかは知っていた。
パパは転勤族でその度に引っ越しをしてたけど、ある時から転勤することがなくなって、長く暮らしてゆく街を探して移り住んだ際、偶然にも佐野家と隣同士になった。久しぶりの再開に母親達は心から喜び、自然と家族同士の付き合いが始まり……病院を経営する大津家は現役の医者である父親と現役の看護師である母親ということで忙しく、専業主婦のママが理人の子守りをかってでた。
もちろん、理人の母親が家で過ごす際に私を見ることもあった。
理人は自分の家で過ごすよりもうちの家で過ごすことが多かった。
小さい頃から理人は大人しくて物わかりが良く、手を煩わせることはほとんどなかった。それは預けられているから……と、いうこともあるのだろうけど……元々そういう性格も相まってのことだと思う。
ただ……ふとした瞬間……時折、理人がとても淋しそうな顔をすることがあった……。
それは理人の両親が経営する病院の職員が急に病欠で休み、そのかわりの人員として両親が働くから……だった。
小さい子どもがいるのに、そこまでしなくても……
子どもがかわいそう……って、思われてしまうけど……両親は自分の病院に働いてくれる職員の健康管理はもちろんのこと通院・入院している患者さんに迷惑がかかることもとても気にしていたから、そうせざるを得なかったんだ……。
私は自分の家で寝泊まりする理人が哀しそうな顔をするのがイヤで、見たくなかった……』
◯(回想)佐野家のリビング内
佐野家に泊まることを知った瞬間、理人は哀しそうな表情を浮かべ、彩陽はその表情を見逃さなかった……。
理人に真っ直ぐに向き合い、彩陽はハッキリと言葉を口にする。
彩陽「わたしがいるから淋しくないよ!」
理人「……」
彩陽「大丈夫!!」
彩陽の声のみ
『そう……自信満々に言うと理人は大きく頷いて笑ってくれた。
理人の笑顔を見て、私は自分の言葉で両親と一緒に過ごせない淋しさがなくなってるんだ。良かった……と、本気で思ってた。
両親のいない時間を身をもって過ごすまでは……』
◯(回想)13年前ー大津家のリビング
彩陽の母親が被災地に向かって数日後が経つ。
彩陽は理人が宿題をしてると傍らで側に置いた携帯電話をチラチラと、気にする。
彩陽の声のみ
『パパの安否が確認できたらすぐに連絡するし急いで帰ってくるから……と、ママは言ったけれど……数日経っても連絡が来ることはなかった……。
私はママに連絡を送り続けた……。
それから、さらに3日後……。いまだにママからは連絡はなくて、理人の母親にも確認するも「ない」の一言だった……。
私から一方的に連絡をするもママからもましてパパからも何の連絡もない……。そのことに対して私は日に日に両親のことが心配になり、淋しさが募っていき、なかなか夜寝つけなくなっていった……。
そんな私に……』
宿題をしていた理人が不意に彩陽の頭を撫でながら言う。
理人「淋しくないよ」
彩陽「……っ!」
理人の言葉に彩陽は苛立ち、胸の内に抱えていた思いが口をついて出る。
理人「大丈夫。 大じょっ」
彩陽「大丈夫なわけないじゃない!」
突然の彩陽の大声にびっくりする。
彩陽「淋しくないないよ……だ、なんて……淋しいに決まってるじゃない!!」
自分の叫んだ言葉に彩陽はハッとする。
彩陽(……そうだったんじゃ……)
彩陽はチラッ……と、理人を窺い見る。
彩陽(理人も本当はそうだったんじゃ……なのに私……全くそのことに気がつかないなんて……。それどころか、私の言葉で淋しさがなくなってるって思ってた……)
理人「……彩陽……ちゃん……?」
彩陽「……め、ん……ね……」
理人「えっ……」
彩陽「理人も……今のわ、私のような……気持ちで……いたんだよね……すごく……小さい、頃から……ずっと……なのに、私……私……何も分かって、なかった……。分かろうと……しなかった……。ごめんね……ほんとに、ごめんなさい……」
彩陽の声のみ
『その時、ようやく私の考えは独りよがりの思いだったと気づかされたんだ……』
(回想終了)
◯佐野家ー彩陽の自室内
理人が正面から彩陽を抱きしめたまま、13年前の出来事を思い起こしながら話しを続ける。
理人「ーーそれから、彩陽ちゃんは俺の世話をしなくちゃ……と、いう義務感は薄れて、俺の気持ちに寄り添おうとしてくれたよね。嬉しかった……。ずっと、苦しかった俺の胸の内を知ろうとしてくれて……さらに彩陽ちゃんを身近に感じていった……」
彩陽(……それが、私を好きになった理由……)
自分に対する理人の恋愛感情を初めて知り、これまで理人を1人の男性として恋愛感情を抱き、見ていなかった彩陽はどうしていいのか分からず、戸惑う……。
そんな彩陽の戸惑いを理人は敏感に感じ取る。
理人「……いきなりそんなこと言われてもどうしていいのか、分からないよね……。困らせてごめん……」
へらっと、笑う理人だが、その顔は切なさが垣間見えた……。
理人「けど、俺は本気だから。1分、1秒でも長く彩陽ちゃんの傍にいたいし、彩陽たゃんには幸福の中で笑っててほしいんだ」
彩陽「……っ……」
理人「言葉だけじゃ不安で信じてもらえないのなら……」
理人は制服のネクタイに手をかけて解く。
理人「愛し合お」
彩陽「ーーっ!?」
理人の突然の申し出に彩陽は慌てふためく。
彩陽「ちょっ、な、に……言ってんのよっ!」
理人「だって、彩陽ちゃんがすごーく不安そうで俺を見つめるから……口先だけじゃないって、こと……行動で示さないと……と、思って……」
彩陽「だからって、そんなことっ……」
(今日……しかも、数時間前に突然、プロポーズされて……恋愛感情がないまま……愛し合うなんて……そ、そんなのって……)
彩陽「あっ……」
理人「あ?」
彩陽「ありえないっ!!」
彩陽の言葉に理人の口許が緩む。
理人「……だよね。うん、分かった」
彩陽「?」
(……わ、かった……って? なに?)
理人「彩陽ちゃんが俺のこと……1人の男性として恋愛感情を抱いて見てくれるように……アプローチし続けるよ!」
さっと、理人は彩陽のほっぺたに唇を寄せて、軽くキスをすると……彩陽の顔が真っ赤になり、頭の中が真っ白になる……。
彩陽「……っ!!」
理人「好きだよ、愛してる……彩陽」
満面の笑みで理人は彩陽に想いを伝えるのだった。
その後……
冷静さを取り戻した彩陽は床に落ちてしまった花束を拾い上げ、申し訳なさそうに呟く……。
彩陽「2度も……ごめんね」
理人「えっ」
彩陽「地面に落として、ダメにして……」
理人「な、んで……」
彩陽「なんで、花束が2つあるって分かったんだって、顔してる……。だって、同じ花屋さんで買ったみたいだけど……ラッピングのリボンの色が桃色と数紅色で違っていたんだもの……」
理人「……っ……」
(そこまで見てたなんて……)
理人「一度、地面に落ちてしまった花束を贈る気にはなれなくて……でも、また……明日、買い直すから待ってて」
彩陽「いい」
理人「えっ……」
彩陽「これがいい。あと……最初の花束ももらってあげる」
『仕方ない……』と、いう迷惑そうな雰囲気を醸し出すも彩陽の顔はまんざらでもない様子に理人は嬉しくなり、再び、彩陽を抱きしめるが、
『調子に乗らないっ!』と、彩陽の叱咤する声が飛んだのは言うまでもない……。
彩陽は階段を駆け上がり、自室のドアを閉めようとした瞬間……
彩陽「ーーっ!?」
いきなり、後ろから抱きしめられる……。
その際、理人が抱えていた薔薇の花束が床へと落ちて、数枚の花びらが舞う。
理人「……彩陽ちゃん……」
彩陽「は、離して!」
理人「やだ!」
理人の腕から抜け出そうと身動ぐも……男性である理人の力には敵わない……。
それでも彩陽は身動ぎ続ける。
彩陽「離してってば!!」
理人「嫌だっ!!」
彩陽「離してって言ってるじゃないっ!!」
理人「離さないっ!! ここで離したらきっとダメなんだ……もう二度と俺の気持ち伝わらない気がする……」
彩陽「ーーっ……」
(離したら……ダメってなに? 二度と……伝わらない……って……)
理人「だから、離さないっ……」
力強く理人は彩陽を抱きしめる。
しばしの沈黙の後。
理人の言動に彩陽は観念する……。
彩陽「……ねぇ、1つ聞いていい?」
理人「何?」
彩陽「どうして私なの?」
理人「えっ……」
彩陽「どうして私を好きになったの? いつから……?」
理人「生まれて、彩陽ちゃんに初めて出逢った瞬間から……」
彩陽は理人の方に振り向いて、軽く睨みながら、ピシャリと一言告げる。
彩陽「ふざけないでっ!」
彩陽は機嫌を損ねたように……頬を膨らませてぼやく。
彩陽「やっぱ、聞かない!」
理人「えっ」
彩陽「好きになった理由……聞かないっ! 離して!」
再び、彩陽は理人の腕の中から抜け出そうと身動ぎ始める。
理人は慌てふためく……。
理人「うわー待った、待った」
ほんの一瞬の隙をついて彩陽はするりと理人の腕の中からから抜け出すも……理人は理人で逃さないとばかりに今後は彩陽を正面から優しく抱きしめて、素直に謝罪する。
彩陽「ーーっ!」
理人「それはさすがに大袈裟に言いすぎた、ごめん」
彩陽「……」
理人「聞いて……お願い」
彩陽「……」
理人「お願いします」
彩陽「……」
彩陽は言葉なく、頷く。
理人「最初、彩陽のことは世話好きの女の子……って、思ってたんだよね。可能な限り四六時中、俺の側にいて何でもかんでも甲斐甲斐しく世話してくれてたから。まぁ……彩陽ちゃんって、一人っ子で、俺が生まれた時は9歳だったじゃん、小さい頃は姉弟がほしい……って、せがんだこともあるんでしょ?」
彩陽「そ、それは……」
(なんで、そんなこと知ってるのよ! それはあんたが生まれるよりも前の話なのに……!!)
理人「ーーって、おばさんが教えてくれたんだけど。だから、俺が生まれた時、彩陽ちゃんは私が見なくっちゃ……。何でもしてあげなくちゃって、思って、俺の世話をしてくれてたんだと思う……」
彩陽「うっ……」
(……確かに……。ママから『小さい子には優しくしてあげてね』とも言われたから……って、いうのもあるけど……。認めたくはないけど……今、理人が言ったことはだいたい……ほぼ、合ってる……)
理人「彩陽ちゃんと一緒にいたい……俺を好きになってほしい……って、そうハッキリとした恋愛感情を抱いたのは7歳の時……彩陽ちゃんは14歳だね」
彩陽「ーーっ!」
(……その年……って……)
彩陽の顔色を見て、理人が意味深に言う。
理人「これは、すぐにピンときたみたいだね……」
◯(回想)13年前ー大津家のリビング
彩陽に目線を合わせるように母親ー彩奈が膝をつき、彩陽の両肩に手を置いて真剣な眼差しで口を開く。
その傍らには理人と理人の母親ー大津 由里子がいる。
彩奈「彩陽ちゃん……ママね、パパのところに行ってくるわね」
言葉なく、彩陽は小さく頷く。
彩奈「申し訳ないけど……」
由里子「こっちのことは気にしないで! 理人も手がかからなくなってきたし、元々彩陽ちゃんはしっかり者だから手はかからないから。逆に助けてもらったてばかりで……。だから、安心して! 大丈夫よ。それよりも心配ね……気をつけて」
彩奈「うん、ありがとう。行ってきます」
彩陽の声のみ
『……あの年……パパの単身赴任先で大きな地震が発生した……。それからもちょくちょく余震があって、連絡は取れないまま……不安を募らせたママは経ってもいられなくなって……パパの安否を知るために私を大津家に預けてパパの単身赴任先へと向かったんだ……』
◯(回想)13年前ー大津家のリビング
彩奈が大津家を後にしてから、すぐに由里子は彩陽の前に膝をついてしゃがみ込み、優しく笑顔を浮かべながら語りかけた。
由里子「しばらくの間、ここで一緒に暮らそうね」
彩陽の声のみ
『お互いの子どもを預けて見てもらうことは珍しいことじゃなかった。
元々、母親同士が仕事場の同僚で仲が良かった。ママが結婚を期に仕事を辞めてからも互いに頻々ではないにしろ、連絡は取っていてどこで暮らしているのかは知っていた。
パパは転勤族でその度に引っ越しをしてたけど、ある時から転勤することがなくなって、長く暮らしてゆく街を探して移り住んだ際、偶然にも佐野家と隣同士になった。久しぶりの再開に母親達は心から喜び、自然と家族同士の付き合いが始まり……病院を経営する大津家は現役の医者である父親と現役の看護師である母親ということで忙しく、専業主婦のママが理人の子守りをかってでた。
もちろん、理人の母親が家で過ごす際に私を見ることもあった。
理人は自分の家で過ごすよりもうちの家で過ごすことが多かった。
小さい頃から理人は大人しくて物わかりが良く、手を煩わせることはほとんどなかった。それは預けられているから……と、いうこともあるのだろうけど……元々そういう性格も相まってのことだと思う。
ただ……ふとした瞬間……時折、理人がとても淋しそうな顔をすることがあった……。
それは理人の両親が経営する病院の職員が急に病欠で休み、そのかわりの人員として両親が働くから……だった。
小さい子どもがいるのに、そこまでしなくても……
子どもがかわいそう……って、思われてしまうけど……両親は自分の病院に働いてくれる職員の健康管理はもちろんのこと通院・入院している患者さんに迷惑がかかることもとても気にしていたから、そうせざるを得なかったんだ……。
私は自分の家で寝泊まりする理人が哀しそうな顔をするのがイヤで、見たくなかった……』
◯(回想)佐野家のリビング内
佐野家に泊まることを知った瞬間、理人は哀しそうな表情を浮かべ、彩陽はその表情を見逃さなかった……。
理人に真っ直ぐに向き合い、彩陽はハッキリと言葉を口にする。
彩陽「わたしがいるから淋しくないよ!」
理人「……」
彩陽「大丈夫!!」
彩陽の声のみ
『そう……自信満々に言うと理人は大きく頷いて笑ってくれた。
理人の笑顔を見て、私は自分の言葉で両親と一緒に過ごせない淋しさがなくなってるんだ。良かった……と、本気で思ってた。
両親のいない時間を身をもって過ごすまでは……』
◯(回想)13年前ー大津家のリビング
彩陽の母親が被災地に向かって数日後が経つ。
彩陽は理人が宿題をしてると傍らで側に置いた携帯電話をチラチラと、気にする。
彩陽の声のみ
『パパの安否が確認できたらすぐに連絡するし急いで帰ってくるから……と、ママは言ったけれど……数日経っても連絡が来ることはなかった……。
私はママに連絡を送り続けた……。
それから、さらに3日後……。いまだにママからは連絡はなくて、理人の母親にも確認するも「ない」の一言だった……。
私から一方的に連絡をするもママからもましてパパからも何の連絡もない……。そのことに対して私は日に日に両親のことが心配になり、淋しさが募っていき、なかなか夜寝つけなくなっていった……。
そんな私に……』
宿題をしていた理人が不意に彩陽の頭を撫でながら言う。
理人「淋しくないよ」
彩陽「……っ!」
理人の言葉に彩陽は苛立ち、胸の内に抱えていた思いが口をついて出る。
理人「大丈夫。 大じょっ」
彩陽「大丈夫なわけないじゃない!」
突然の彩陽の大声にびっくりする。
彩陽「淋しくないないよ……だ、なんて……淋しいに決まってるじゃない!!」
自分の叫んだ言葉に彩陽はハッとする。
彩陽(……そうだったんじゃ……)
彩陽はチラッ……と、理人を窺い見る。
彩陽(理人も本当はそうだったんじゃ……なのに私……全くそのことに気がつかないなんて……。それどころか、私の言葉で淋しさがなくなってるって思ってた……)
理人「……彩陽……ちゃん……?」
彩陽「……め、ん……ね……」
理人「えっ……」
彩陽「理人も……今のわ、私のような……気持ちで……いたんだよね……すごく……小さい、頃から……ずっと……なのに、私……私……何も分かって、なかった……。分かろうと……しなかった……。ごめんね……ほんとに、ごめんなさい……」
彩陽の声のみ
『その時、ようやく私の考えは独りよがりの思いだったと気づかされたんだ……』
(回想終了)
◯佐野家ー彩陽の自室内
理人が正面から彩陽を抱きしめたまま、13年前の出来事を思い起こしながら話しを続ける。
理人「ーーそれから、彩陽ちゃんは俺の世話をしなくちゃ……と、いう義務感は薄れて、俺の気持ちに寄り添おうとしてくれたよね。嬉しかった……。ずっと、苦しかった俺の胸の内を知ろうとしてくれて……さらに彩陽ちゃんを身近に感じていった……」
彩陽(……それが、私を好きになった理由……)
自分に対する理人の恋愛感情を初めて知り、これまで理人を1人の男性として恋愛感情を抱き、見ていなかった彩陽はどうしていいのか分からず、戸惑う……。
そんな彩陽の戸惑いを理人は敏感に感じ取る。
理人「……いきなりそんなこと言われてもどうしていいのか、分からないよね……。困らせてごめん……」
へらっと、笑う理人だが、その顔は切なさが垣間見えた……。
理人「けど、俺は本気だから。1分、1秒でも長く彩陽ちゃんの傍にいたいし、彩陽たゃんには幸福の中で笑っててほしいんだ」
彩陽「……っ……」
理人「言葉だけじゃ不安で信じてもらえないのなら……」
理人は制服のネクタイに手をかけて解く。
理人「愛し合お」
彩陽「ーーっ!?」
理人の突然の申し出に彩陽は慌てふためく。
彩陽「ちょっ、な、に……言ってんのよっ!」
理人「だって、彩陽ちゃんがすごーく不安そうで俺を見つめるから……口先だけじゃないって、こと……行動で示さないと……と、思って……」
彩陽「だからって、そんなことっ……」
(今日……しかも、数時間前に突然、プロポーズされて……恋愛感情がないまま……愛し合うなんて……そ、そんなのって……)
彩陽「あっ……」
理人「あ?」
彩陽「ありえないっ!!」
彩陽の言葉に理人の口許が緩む。
理人「……だよね。うん、分かった」
彩陽「?」
(……わ、かった……って? なに?)
理人「彩陽ちゃんが俺のこと……1人の男性として恋愛感情を抱いて見てくれるように……アプローチし続けるよ!」
さっと、理人は彩陽のほっぺたに唇を寄せて、軽くキスをすると……彩陽の顔が真っ赤になり、頭の中が真っ白になる……。
彩陽「……っ!!」
理人「好きだよ、愛してる……彩陽」
満面の笑みで理人は彩陽に想いを伝えるのだった。
その後……
冷静さを取り戻した彩陽は床に落ちてしまった花束を拾い上げ、申し訳なさそうに呟く……。
彩陽「2度も……ごめんね」
理人「えっ」
彩陽「地面に落として、ダメにして……」
理人「な、んで……」
彩陽「なんで、花束が2つあるって分かったんだって、顔してる……。だって、同じ花屋さんで買ったみたいだけど……ラッピングのリボンの色が桃色と数紅色で違っていたんだもの……」
理人「……っ……」
(そこまで見てたなんて……)
理人「一度、地面に落ちてしまった花束を贈る気にはなれなくて……でも、また……明日、買い直すから待ってて」
彩陽「いい」
理人「えっ……」
彩陽「これがいい。あと……最初の花束ももらってあげる」
『仕方ない……』と、いう迷惑そうな雰囲気を醸し出すも彩陽の顔はまんざらでもない様子に理人は嬉しくなり、再び、彩陽を抱きしめるが、
『調子に乗らないっ!』と、彩陽の叱咤する声が飛んだのは言うまでもない……。
