【レッスン室 A】
「真瑠璃さん、今日もとても良く弾けておりましたわよ。その調子でね、その調子で。大変よろしゅうございました。また来週も頑張りましょう。」
「ありがとうございました‼︎」
どうしよう、本宮先生に話さなきゃ。きっと、いや絶対に、本宮先生のお父様だよね。伝えなきゃ。
「あの……本宮先生。」
「あら?どうかなさいました?真瑠璃さん。」
「あの…先生、あの…。」
「ん?」
早く本宮先生に伝えたい…
うまく伝わるかな…
うまく声が出ない…
「本宮先生のお母様は…本宮先生のお母様は、清好堂のおばあちゃんですよね?」
「……」
本宮先生の驚いた顔。
先生に拒絶されたらどうしよう。
でも…それでも、先生に伝えないと私、一生後悔してしまいそう。
「お昼に、清好堂へ行ったんです。お店の前に張り紙がしてあって。それで…お父様が倒れたから、しばらくお店はお休みしますって。」
「……」
「先生、病院へ行ってください。命に別状はないって近所のおばあさんが教えてくれました。」
「……」
「清好堂のおばあちゃんが、五年前に娘が来てくれた時に、架け橋になれなかったことをずっと後悔しているって。」
「……」
「私、全然気づかなくて。表札に、山本って書いてあったので。先生…。」
「真瑠璃さん。ありがとう…。」
私、余計なことを話しちゃったかな。でも、本宮先生に幸せになって欲しい。いつも私に沢山の幸せをくれる本宮先生にも、色々なことがあって、悩んで。でも、そんなことは微塵も感じさせない、いつも優しい本宮先生。
人はみんな、色々抱えながらも前を向いて歩み続けているんだね。
 
【校門】
「真瑠璃!」
「隆也⁉︎まだ、テスト期間中?」
「そんなわけない!今日は、早退したんだ。」
「え⁉︎隆也どこか具合でも悪いの?」
「違うさ!明日はついに統一試験だろ?だから、体調を整えようと思ってさ。」
「なるほどね!って、私も受ける!」
「そうだよな!真瑠璃も、受けると思ったよ。」
「お互い、頑張ろうな!」
「うん!」
隆也はいつも前向き。でも、そんな隆也だって色々悩みながら前に進んでいる。
「そうだ!今日、寄って行かない?」
「それがね。臨時休業中なんだ。」
私は、家まで歩く道のりで今まであった出来事を全て、隆也に話した。隆也には、自分の心の中にあるものを、何も考えずに全部話せる。聞いてもらうと、私の心の中は整理されて、随分と軽くなる。隆也は、私にとってすごく大切な存在……。
「真瑠璃、ちょっと時間ある?俺、実はとっておきのお店を見つけたんだ!」
隆也が連れて行ってくれたお店は、昭和堂の裏路地にある小さな喫茶店だった。
「ちょっとまって⁉︎なんで今まで気づかなかったんだろう⁉︎」
「だろ?こんなそばに、こんな良いお店があったなんてな!」
「灯台下暗し…こんなに近くにあったのに気づかなかっただなんて…。」
カラン カラン
「いらっしゃいませ〜二名さまですね。お好きなお席へどうぞ。」
「ありがとうございます。真瑠璃、どこにする?」
「じゃあ、お庭が見える窓際の席にする!」
お店の中は、甘い香りでいっぱい。どこか懐かしい雰囲気のお店。昔にタイムスリップしたような、昭和レトロな雰囲気。小物も全て可愛い。
「見て、隆也!パフェがあるよ!バレンタイン期間限定・チョコレートパフェって書いてある‼︎」
「うわぁ美味そうだな!」
「ちょっと待った‼︎見てこれ、期間限定章姫いちごスワンシューパフェもある。これって、女の子の夢を全部詰め込んじゃった感じ!迷う〜。」
「じゃあ、真瑠璃は章姫いちごスワンシューパフェにしたら?俺はチョコレートパフェにするから。分けてあげるよ!」
隆也って本当に優しい!こういう優しさが、学校中の女の子を虜にするんだろうね。
「そういえば、もうすぐバレンタインだね!また隆也の靴箱大変なことになっちゃうんじゃない⁉︎」
「そうかな。」
「隆也の人気って本当に凄いよね。」
「いや、そんなことないよ。」
「こんなに沢山のチョコレートもらっている高校生っているかな?居ないでしょ。」
「そういえば、真瑠璃のクラスの京田周司くんは、もっと貰っているんじゃないか?」
 まさか、隆也の口から周ちゃんの話題が出るなんて。
「周ちゃんはね、学校の女の子からは一つも貰っていないよ。皆、友達って感じだから。」
「そうなんだ。」
「でもね、周ちゃんは、ファンレターとチョコレートが学校に毎年届いてるんだよ!段ボール十箱くらい!」
「すっ凄い人気者だな!」
「私も初めて見た時はびっっくりしちゃった。周ちゃんはちゃんとファンレターに目を通すんだよ。そういうところが、ファンの心を掴むのかもね。」
「凄いな!」
今日は周ちゃんの話をしても変な空気にならない。それどころか、隆也はとっても機嫌が良さそう。
「お待たせいたしました。章姫いちごスワンシューパフェと期間限定チョコレートパフェになります。ごゆっくりどうぞ。」
「隆也!凄いね!」
「あははは!凄い幸せだな!」
「うん!いただきます!」
「真瑠璃!先に、チョコレートパフェを少し食べてみる?」
「わーいわーい!嬉しい!ありがとう!」
「明日はお互い、頑張ろうな。」
私の心は、幸せで満たされていた。
隆也とこんなふうに過ごす時間は、あたり前のようだけれど、実は当たり前じゃない。この一瞬一瞬を大切にしたい。こんな幸せな時間に、感謝しなくちゃね!