それまで自分の輿入れの話なのに、何も言葉にせず、何も表情に出さなかったガートルードがようやく、会話に参加した。
 とは言え、彼女は先程から爪にやすりをかけていて。
 少々行儀が悪かったのだが、その行為はガートルードが何か考え事をしている時だと家族も知っているので、咎める気は無かった。


「この縁組を、断れば。
 獅子の血筋を誇示したい、好戦的なあちらの王家は実力行使も辞さない構え、でしょう?」

「……」 

「こちらは婚約と共に、最大宗教サンペルグ聖教の後ろ楯を持つクロスティア国との同盟も破棄。
 恵まれた身体能力で軍事力だけは強大、しかしその実それを維持する資金が底をついてきたアストリッツァは、わたしに目を付けた。
 今、同盟国の無いカリスレキアの醜女を娶れば、金が手に入る、でしょう?」


 ガートルードの指摘に、平和に慣れた国の国王と王太子は即答出来ない。
 そこで宰相に視線を移せば、彼はやりきれない表情で微かだが、首肯した。
 王家が長らく戦争をしていないという事は、その国民も戦闘などしたことはない。


 
 怒りもせず泣きもせず。
 理不尽を突き付けてきたアストリッツァの事情を、淡々と語るガートルードに母が力無く尋ねた。


「……貴女自身も不幸せになるのが分かっていて、どうして受けることが出来るの」

「わたし1人の幸せ、それに何の意味がありましょう。
 王族に生まれたからには、国民皆の不幸せを選ぶ教育は受けておりませんもの。
 それに、決して最愛の居る夫には負けない、とこれから先も爪を研ぎ澄ませておきます」


 そう言って、ガートルードは、獣が敵を威嚇するように。
 頭上にあげた両手の指先を曲げ。


「がおー」と小さな雄叫びをあげた。