カウンターに座り、濃いめのハイボールと野菜スティックをオーダーしたところで、ふわり、男性にしては若干甘めのサボンとムスクの混じったような香りと共に、この男がやってきた。
手には今日と同じロックのウイスキー。隣に腰を下ろし、長い足を組みながら店員に目配せし、「彼女の俺に付けて」と指示をした。
恐ろしく顔がいい。それと、随分と手馴れたナンパだなと思ったのが、第一印象。
人の容姿に点数を付けることは嫌いだし、付けたこともない。ただ、私の美醜の判断基準によると、この男は間違いなく満点だ。
上質なスーツを着こなし、それに見合う完璧な身だしなみ。恐らく相応の職に就いているのだろう。
年齢は私と同じ28か、誤差はプラス5歳の範囲内ってところか。年下には見えない。
はっきりとした二重の切れ長でミステリアスな瞳。それに影を作るセンターで分けられた黒髪。座っていても分かる長身とその他のバランス、身につけている装飾品。
低めの穏やかな声。話すスピード。
視覚聴覚から得られる悠の情報全てがタイプでしかない。
2週間前のわたしは、とにかくストレスが限界だった。
スムーズに仕事をしたいから、我慢できる程度のパワハラセクハラ、男性社員からの妬み、執拗な誘い。
女性の先輩からのあからさまな敵意、過剰に崇拝してなんでも真似てくる後輩。
大小の不快なことを全部笑顔で受け流して、我慢して我慢して、我慢し続けていた。
ジムで汗を流しても、全てはとても発散しきれない。
なんでも話せる親友は、第1子の子育て奮闘中。夢中になれる推しもいない。
半年くらい恋人もいない。2年付き合って同棲を始めてからすぐ、上手くいかなくなって別れた。
社会人は出会いがあるようでない。それに社内はもう懲り懲りだし、仕事関係者も避けたい。
随分おひとり様に慣れ、それなりに楽しんでいた中で悠に出会った。
終電までの限られた時間を楽しく飲んで、駅まで見送ってくれて別れた。
連絡先の交換はしなかった。次の約束も。
悠と名乗ったこの男の、昼の顔は知らない。

