〇 バルコニーの夜風
ダンスパーティーの喧騒から少し離れたバルコニー。
夜風が肌を撫で、遠くで花火の音が静かに響く。
月明かりに照らされながら、三峰紗菜はゆっくりと息を整えていた。
胸の鼓動が速い。
冷静を装おうとするも、さっきの翼の言葉が頭から離れない。
——「だからさ、勝負の形を変えたんだよ。お前を惚れさせるっていう、俺にしかできない勝負に」
紗菜は深呼吸をし、意を決して振り返る。
そこには、同じくバルコニーの欄干に寄りかかる桃瀬翼の姿があった。
彼もまた、静かに夜空を見上げていた。
紗菜はしばらく、ぼんやりと夜空を見上げながら、自分の中にある翼への思いを静かに整理していた。
自分が翼に対してどう思っているのか、それがどうしてこんなに心を揺さぶるのか、ずっと考えてきた。
小学校の頃、紗菜は翼のことをただのクラスメートだと思っていた。
小さな頃の彼は、目立ちたがりで、少しおちゃらけた性格だった。
他の男の子たちと一緒に騒いだり、ふざけていたりする姿が目に浮かぶ。
でもその一方で、しっかり者で、困っている子を見過ごさずに手を差し伸べるような、一面もあった。
紗菜はそんな彼をどこか冷めた目で見ていた。
周囲の女の子たちが騒ぐ中、彼をどうしても「男の子」として意識することがなかった。
そのころの紗菜は、自分のことに精一杯で、誰かに気を使ったり、特別に思ったりする余裕なんてなかったから。
でも中学校に進学して、あの時の翼と少し違う一面を知った。
最初は、やっぱりまた目立ちたがり屋で、みんなにちょっかいを出すことが多かった。
でも、時間が経つにつれて、彼が他の人に見せる優しさ、真剣に努力する姿を目の当たりにするようになった。
気づけば、周りの誰もが彼に頼っていて、彼が困っている時、逆に誰もが彼を支える姿があった。
その頃から、紗菜は少しずつ彼に心を動かされていた。
でも、どうしても認めたくなかった。
翼が優しくて、真剣で、そんな姿を見れば見るほど、気持ちが乱れていったから。
最初はそれを「負けたくない」と思った。
自分がそんなに簡単に、誰かに惚れるなんて、絶対に許せないと思っていた。
でも、だんだんその気持ちは「負けたくない」だけじゃなくなった。
翼のことを見ていると、心が温かくなるような、不安とともに、いつしか彼を思う自分がいた。
そして、今。
このダンスパーティーの後ろで繰り広げられる、彼との勝負。
最初はあんなに負けたくないと思っていた。
でも、勝ち負けなんてどうでもよくなった。
それよりも、今ここで彼に伝えたい、確かな気持ちが自分の中で膨らんでいる。
小学校の頃から、中学校の頃、そして今、彼との関わり方が少しずつ変わってきた。
そして、今やっと気づいた。
勝負じゃなくて、私はただ、翼のことが好きなんだって。
紗菜(小さな声で)
「……翼」
翼はゆっくりと振り向き、紗菜を見つめる。
その目は、普段のからかうようなものではなく、どこか優しさと真剣さを感じさせた。
翼(微笑んで)
「ん? どうした?」
紗菜はしばらく言葉を選び、唇を噛んだ。
けれど、すぐに覚悟を決め、彼を見つめる。
紗菜(覚悟を決めて)
「……私、気づいちゃった」
翼(眉を上げる)
「気づいた?」
紗菜
「最初は、絶対にお前になんか惚れないって思ってた。
でも……お前がどんなに真っ直ぐで、どんなに努力家で、どんなに優しいやつか、知るたびに……負けたくないって気持ちだけじゃなくなってた」
翼の表情がわずかに動く。
紗菜(続ける)
「……だから、私、もうこの勝負……降りる」
翼(驚いたように)
「え?」
紗菜(ゆっくりと言葉を紡ぐ)
「……あんたのこと、翼のこと、好き」
最後の言葉は風に乗り、静かに夜空に溶けていく。
けれど、翼の耳にははっきりと届いていた。
一瞬の沈黙。
翼は目を見開いたまま、紗菜をじっと見つめる。
やがて、ふっと口元を緩め、柔らかく笑った。
翼(小さく笑って)
「……そっか」
そして、紗菜の肩を引き寄せるように、そっと抱きしめる。
翼(囁くように)
「俺もだよ」
その言葉に、紗菜は驚き、少し顔を赤くしながらも、目を細めて笑った。
紗菜(照れながら)
「……ほんとに、ずるい」
その瞬間、紗菜はそっとバッグから小さな包みを取り出す。
彼女は少し躊躇いながらも、それを翼に差し出す。
紗菜(恥ずかしそうに)「これ、誕生日プレゼント。…遅くなっちゃったけど」
翼は驚きの表情を浮かべ、包みを受け取ると、軽く首を傾げながら言った。
翼(微笑んで)
「誕生日か…ありがとう、でもそんなに気を使わなくても」
紗菜
「ううん、ちゃんとお祝いしたかったから。開けてみて?」
翼は包みを解き、中身を見て少し驚いた表情を見せる。
それは、彼がずっと欲しがっていたレザーの手帳だった。
翼(目を輝かせて)
「これ、俺が欲しがってたやつ…! 紗菜、どうして…?」
紗菜(少し照れながら)
「だって、今まで言ってたもん。大切なこと、忘れたくないって。
だから、これならきっと役に立つかなって思って」
翼は手帳をしっかりと抱きしめるように持ち、感動した様子で紗菜を見つめた。
翼(静かに)
「ありがとう、紗菜。これ、絶対大切にする」
その言葉に、紗菜は小さく笑いながら、少し照れたように目を逸らす。
紗菜(照れくさそうに)
「私も……ありがとう、翼」
その後、二人は静かに花火を見上げながら、時折お互いを見つめ合い、穏やかな時間を共有した。
月明かりと花火の光の中で、二人の心は確かに一つになっていた。
ダンスパーティーの喧騒から少し離れたバルコニー。
夜風が肌を撫で、遠くで花火の音が静かに響く。
月明かりに照らされながら、三峰紗菜はゆっくりと息を整えていた。
胸の鼓動が速い。
冷静を装おうとするも、さっきの翼の言葉が頭から離れない。
——「だからさ、勝負の形を変えたんだよ。お前を惚れさせるっていう、俺にしかできない勝負に」
紗菜は深呼吸をし、意を決して振り返る。
そこには、同じくバルコニーの欄干に寄りかかる桃瀬翼の姿があった。
彼もまた、静かに夜空を見上げていた。
紗菜はしばらく、ぼんやりと夜空を見上げながら、自分の中にある翼への思いを静かに整理していた。
自分が翼に対してどう思っているのか、それがどうしてこんなに心を揺さぶるのか、ずっと考えてきた。
小学校の頃、紗菜は翼のことをただのクラスメートだと思っていた。
小さな頃の彼は、目立ちたがりで、少しおちゃらけた性格だった。
他の男の子たちと一緒に騒いだり、ふざけていたりする姿が目に浮かぶ。
でもその一方で、しっかり者で、困っている子を見過ごさずに手を差し伸べるような、一面もあった。
紗菜はそんな彼をどこか冷めた目で見ていた。
周囲の女の子たちが騒ぐ中、彼をどうしても「男の子」として意識することがなかった。
そのころの紗菜は、自分のことに精一杯で、誰かに気を使ったり、特別に思ったりする余裕なんてなかったから。
でも中学校に進学して、あの時の翼と少し違う一面を知った。
最初は、やっぱりまた目立ちたがり屋で、みんなにちょっかいを出すことが多かった。
でも、時間が経つにつれて、彼が他の人に見せる優しさ、真剣に努力する姿を目の当たりにするようになった。
気づけば、周りの誰もが彼に頼っていて、彼が困っている時、逆に誰もが彼を支える姿があった。
その頃から、紗菜は少しずつ彼に心を動かされていた。
でも、どうしても認めたくなかった。
翼が優しくて、真剣で、そんな姿を見れば見るほど、気持ちが乱れていったから。
最初はそれを「負けたくない」と思った。
自分がそんなに簡単に、誰かに惚れるなんて、絶対に許せないと思っていた。
でも、だんだんその気持ちは「負けたくない」だけじゃなくなった。
翼のことを見ていると、心が温かくなるような、不安とともに、いつしか彼を思う自分がいた。
そして、今。
このダンスパーティーの後ろで繰り広げられる、彼との勝負。
最初はあんなに負けたくないと思っていた。
でも、勝ち負けなんてどうでもよくなった。
それよりも、今ここで彼に伝えたい、確かな気持ちが自分の中で膨らんでいる。
小学校の頃から、中学校の頃、そして今、彼との関わり方が少しずつ変わってきた。
そして、今やっと気づいた。
勝負じゃなくて、私はただ、翼のことが好きなんだって。
紗菜(小さな声で)
「……翼」
翼はゆっくりと振り向き、紗菜を見つめる。
その目は、普段のからかうようなものではなく、どこか優しさと真剣さを感じさせた。
翼(微笑んで)
「ん? どうした?」
紗菜はしばらく言葉を選び、唇を噛んだ。
けれど、すぐに覚悟を決め、彼を見つめる。
紗菜(覚悟を決めて)
「……私、気づいちゃった」
翼(眉を上げる)
「気づいた?」
紗菜
「最初は、絶対にお前になんか惚れないって思ってた。
でも……お前がどんなに真っ直ぐで、どんなに努力家で、どんなに優しいやつか、知るたびに……負けたくないって気持ちだけじゃなくなってた」
翼の表情がわずかに動く。
紗菜(続ける)
「……だから、私、もうこの勝負……降りる」
翼(驚いたように)
「え?」
紗菜(ゆっくりと言葉を紡ぐ)
「……あんたのこと、翼のこと、好き」
最後の言葉は風に乗り、静かに夜空に溶けていく。
けれど、翼の耳にははっきりと届いていた。
一瞬の沈黙。
翼は目を見開いたまま、紗菜をじっと見つめる。
やがて、ふっと口元を緩め、柔らかく笑った。
翼(小さく笑って)
「……そっか」
そして、紗菜の肩を引き寄せるように、そっと抱きしめる。
翼(囁くように)
「俺もだよ」
その言葉に、紗菜は驚き、少し顔を赤くしながらも、目を細めて笑った。
紗菜(照れながら)
「……ほんとに、ずるい」
その瞬間、紗菜はそっとバッグから小さな包みを取り出す。
彼女は少し躊躇いながらも、それを翼に差し出す。
紗菜(恥ずかしそうに)「これ、誕生日プレゼント。…遅くなっちゃったけど」
翼は驚きの表情を浮かべ、包みを受け取ると、軽く首を傾げながら言った。
翼(微笑んで)
「誕生日か…ありがとう、でもそんなに気を使わなくても」
紗菜
「ううん、ちゃんとお祝いしたかったから。開けてみて?」
翼は包みを解き、中身を見て少し驚いた表情を見せる。
それは、彼がずっと欲しがっていたレザーの手帳だった。
翼(目を輝かせて)
「これ、俺が欲しがってたやつ…! 紗菜、どうして…?」
紗菜(少し照れながら)
「だって、今まで言ってたもん。大切なこと、忘れたくないって。
だから、これならきっと役に立つかなって思って」
翼は手帳をしっかりと抱きしめるように持ち、感動した様子で紗菜を見つめた。
翼(静かに)
「ありがとう、紗菜。これ、絶対大切にする」
その言葉に、紗菜は小さく笑いながら、少し照れたように目を逸らす。
紗菜(照れくさそうに)
「私も……ありがとう、翼」
その後、二人は静かに花火を見上げながら、時折お互いを見つめ合い、穏やかな時間を共有した。
月明かりと花火の光の中で、二人の心は確かに一つになっていた。



