最後の旋律を君に

 旋律が静かに空気に溶けていく。
 ピアノの余韻が、まるで奏希くんの囁きのように律歌の耳に残る。

 彼が生きた証。
 彼が夢見た未来。
 彼が遺した音楽。

 全てが、このグランドピアノの音に宿っている。

 律歌はそっと目を閉じた。
 奏希くんがそばにいる気がした。
 微笑みながら、隣で静かに耳を傾けているような――そんな気がした。

 「奏希くん、ありがとう」

 静かに囁いた言葉は、空に溶けていく。
 けれど、それは決して消えることはない。

 彼と過ごした日々も、彼の笑顔も、彼の音楽も――
 律歌の心の中に、これからもずっと生き続ける。

 涙は流さない。
 だって、奏希くんが望んでいたのは悲しみじゃない。
 彼の想いを音に乗せて、世界に届けること。
 それこそが、彼と律歌が紡いだ旋律の意味。

 律歌はゆっくりと立ち上がる。

 「行くね、奏希くん」

 彼が眠る空へ、微笑みながら言葉を送る。

 もう迷わない。
 彼の分まで、彼と一緒に――これからも音を奏で続ける。

 ピアノ室を後にし、律歌は再び歩き出した。
 未来へ向かって、一歩ずつ。

 空は晴れ渡り、やわらかな風が桜の花びらを運んでいく。
 そして、その中に、確かに聞こえた気がした。

 ――律歌、君の音は素晴らしいよ。

 温かく、優しい彼の声が。

 律歌は微笑みながら、そっと呟く。

 「うん……ありがとう、奏希くん」

 風が優しく吹き抜ける中、彼女の旋律は、これからも世界に響き続ける――。

 ――完――