最後の旋律を君に

病室の時間が止まったようだった。
ベッドの上で目を閉じる奏希くんの姿は、まるで眠っているかのように穏やかだった。

しかし――もう、目を開けることはない。

「……うそ……」

律歌は震える指で、奏希くんの頬に触れた。
冷たい。
こんなに、冷たい。

「奏希くん……ねぇ……起きてよ……」

声が震える。涙が零れ落ちる。
どれだけ呼んでも、奏希くんはもう答えてくれなかった。

「いやだ……いやだよ……!」

律歌は必死に奏希くんの手を握りしめた。
温もりはすでに消え去り、彼を形作っていた命のぬくもりが失われていることを、否応なく実感させられる。

嫌だ。こんなの、嫌だ。

「奏希くん、ねぇ、冗談だよね……?」

頬を撫でても、呼吸は戻らない。
指を絡めても、握り返してはくれない。

涙が頬を伝い、指輪の上に落ちた。

「奏希くん……奏希くん……っ!!」

張り裂けそうな痛みが胸を締め付ける。
何もかもが色を失い、世界が崩れていくようだった。

律歌は叫んだ。
声にならない声で、奏希くんの名前を何度も何度も呼んだ。

でも――その声はもう、彼には届かない。

***

それからの日々は、ただただ空っぽだった。

朝が来ても、目覚めたくなかった。
夜が来ても、眠りたくなかった。

ピアノに指を置いても、何も感じなかった。
音が、何の意味も持たないものに思えた。

「奏希くん……」

指輪を握りしめる。

「なんで……なんで私を置いていったの……?」

返事はない。
あるわけがない。

心が、ぽっかりと空いた。
まるで、世界に取り残されたみたいに――。