最後の旋律を君に

病室の扉を開けた瞬間、律歌の胸が締め付けられた。

白いシーツの上で、かすかに浮かび上がる奏希くんの輪郭。
細くなった指先が、微かにピクリと動いた。
目を閉じた横顔は、まるで眠っているかのようだった。

でも、呼吸は浅く、頼りなく揺れている。

「……奏希くん」

震える声で名前を呼ぶと、奏希くんの瞼がゆっくりと開いた。まるで夢の中から這い上がるように。

「……律歌……?」

その声は、かすれていた。

「来て……くれたんだね」

「……当たり前だよ。奏希くんに会いたくて……」

目の奥が熱くなる。
涙をこらえようとしても、頬を伝う雫を止めることはできなかった。

奏希くんの唇が、かすかに笑みを浮かべる。

「泣かないで……律歌は、笑ってたほうが……ずっと、きれいだよ」

――やめて。そんな優しいこと言わないで。

これが、最後みたいな顔をしないで。

律歌は、そっと奏希くんの手を握った。

冷たい。

指を絡めると、かすかに握り返してくれた。

「奏希くん、まだ、一緒にいたいよ……」

泣きながら呟くと、奏希くんはゆっくりと目を閉じた。

「……僕も……もっと、生きたかったな」

小さく、震える声。

「君のピアノを……もっと聞きたかった……」

「奏希くん……」

律歌は震える指で、そっと奏希くんの頬を撫でた。

「だから……お願い、最後に……」

奏希くんの目が、かすかに開く。

「ピアノを、弾いてほしい」

律歌は涙を拭うこともできず、ただ頷いた。

そして、病室に用意されたグランドピアノの前に座る。
指先を鍵盤に触れると、ひんやりとした感触がした。

――これは、奏希くんのための音。

静かに、旋律を奏でる。
月の光のように優しく、儚く、消えゆく音色が奏希くんを優しく包み込んだ。