最後の旋律を君に

イルミネーションを見に行ったあの日から、奏希の病室には穏やかな空気が流れていた。

律歌は響歌や鈴子と遊びに行く時間を取りつつ、お見舞いに行き、奏希くんとピアノを弾いたり、
他愛のない話をしたりして過ごしていた。
病室の中は、まるで時間が止まったかのような穏やかな空間だった。

しかし――その平穏は、長くは続かなかった。

それは、何の変わりもないはずの午後だった。

律歌が病室の扉を開けると、いつもなら微笑んで迎えてくれる奏希くんの姿はなかった。

代わりに目に映ったのは、ベッドにぐったりと横たわる奏希くんと、慌ただしく動く医者や看護師たちだった。

「奏希くん……?」

その瞬間、律歌の体が強張る。

酸素マスクをつけられ、苦しそうに浅い呼吸を繰り返す奏希くん。

「奏希さん、深呼吸して!ゆっくり息を吸って!」

「血圧低下!すぐに点滴を!」

飛び交う医療スタッフの声が、耳の奥でぐるぐると響く。

――何が起こっているの?
――どうして奏希くんがこんなに苦しそうなの?

「奏希くん!!」

律歌はベッドに駆け寄ろうとしたが、看護師に制止された。

「落ち着いてください!今、処置をしています!」

「そんな……っ!」

必死に叫びたくなるのを、律歌はどうにかこらえた。

涙が溢れそうになる。

奏希くんが、苦しそうに顔を歪めながら、酸素マスク越しにかすかに律歌の名前を呼んだ。

「……律歌……」

その声が、かすれて消え入りそうだった。

「奏希くん、頑張って……!」

震える手を握りしめる。

「助かるよね……?」

隣にいた響歌が、小さく震える声で呟いた。

その問いに、鈴子も声を出せずにいた。

医師の表情は深刻だった。

「これ以上、悪化させるわけにはいかない……すぐに集中治療室へ移動します」

その言葉が、律歌の胸に突き刺さる。

――いやだ。
――奏希くんを、連れていかないで。

けれど、何もできなかった。

医師たちに囲まれながら、奏希くんのベッドが病室から運び出される。

その光景を、律歌はただ涙を浮かべながら見つめるしかなかった。