最後の旋律を君に

 放課後、律歌は迷いなく学校を飛び出した。向かう先は、奏希くんが入院している病院。

 ――奏希くんのために、私ができること。

 その答えは、もう決まっていた。

 病院にピアノを置いてもらえないか――。

 奏希くんはピアノを愛している。
 もし、また弾くことができたら、それだけで少しでも前向きになれるかもしれない。
 彼にとって、音楽はただの趣味ではなく、生きる力になるはずだ。

 病院の入り口をくぐると、冷たい空気が肌を刺した。
 消毒液の香りが鼻をかすめる。
 受付で奏希くんの担当医の名前を伝えると、看護師さんが優しく微笑んだ。

 「少々お待ちくださいね」

 待つ間、不安がよぎる。

 ――もし、断られたら?

 でも、何もしなければ何も変わらない。考えるより先に、行動しなきゃ。

 やがて、白衣をまとった穏やかな表情の男性が現れた。奏希くんの担当医・中村先生だ。

 「宵崎さんですね。奏希さんのことでお話があると伺いました」

 「はい……実は……!」

 律歌は深く息を吸い、思いの丈をぶつけた。

 「病院にピアノを置くことはできませんか?せめて電子ピアノでも……!奏希くんにとって、音楽は生きる力になるんです!」

 先生は少し驚いたように目を見開いた。

 「ピアノを……?」

 「はい。奏希くんは今、病気と向き合っています。辛いことも多いはずです。
  でも、ピアノがあれば、きっと少しでも気持ちが前向きになれると思うんです。だから……どうかお願いします!」

 律歌は真っ直ぐに先生を見つめ、深く頭を下げた。

 しばしの沈黙。

 やがて、先生は静かに微笑んだ。

 「君の気持ちは、よく伝わりました。奏希くんのために、そこまで考えてくれているんですね」

 律歌が顔を上げると、先生の目には優しさがにじんでいた。

 「病院にピアノを置くのは簡単なことではありませんが……電子ピアノなら、相談の余地があるかもしれません」

 「本当ですか!?」

 希望の光が見えた瞬間、律歌の胸が高鳴る。

 「ただし、すぐに決められることではないので、病院の方針や他の患者さんへの影響も考慮しながら話を進めます。
 しばらく時間をください」

 「ありがとうございます!」

 律歌は深々と頭を下げた。

 ――奏希くんに、またピアノを弾いてもらえるかもしれない。

 その希望が、律歌の心を温かく満たしていくのを感じた。