最後の旋律を君に

 病室の外、廊下の窓から差し込む夕陽が、淡い橙色の光を落としていた。

 律歌は手すりに寄りかかり、震える指先で涙を拭った。

 ――半年。

 たった半年しかないのに、奏希さんはあんなにも穏やかに受け入れていた。

 「……っ」

 胸が苦しくて、喉が詰まる。涙をこらえようとするほど、押し寄せる感情に飲み込まれそうだった。

 「お姉ちゃん」

 優しく肩に触れる感触。

 振り向くと、響歌が立っていた。

 「響……歌……」

 泣き腫らした顔を見られたくなくて、律歌は俯こうとした。

 でも、響歌はそっと律歌の手を取ると、そのまま廊下のベンチに座らせた。

 「無理しなくていいよ。……泣きたいだけ泣けばいい」

 その言葉に、律歌の涙腺がまた崩れる。

 「だって……だって、半年しかないんだよ……? それなのに奏希さんは……っ、あんなに……」

 言葉が詰まり、嗚咽がこぼれる。

 響歌は黙って、律歌の背中を優しくさすった。

 しばらくそうしていると、響歌がぽつりと呟いた。

 「お姉ちゃんさ……奏希さんのこと、好きなんでしょ?」

 「え……?」

 涙の滲んだ瞳で響歌を見ると、彼女はまっすぐな目で律歌を見つめていた。

 「気づいてないと思ってる? バレバレだよ」

 くすっと笑いながら、響歌は続ける。

 「お姉ちゃん、いつも奏希さんのことばっかり見てたもん。ピアノを教えてもらってるときも、すっごく楽しそうだったし……今だって、奏希さんのことが心配で仕方ないでしょ?」

 律歌は息を呑んだ。

 ――そうだ。

 私は、奏希さんが好きだ。

 彼のピアノに憧れた。彼の優しさに救われた。

 そして、彼のことを想って、こんなにも胸が締めつけられる。

 「……でも」

 律歌は膝の上で拳を握った。

 「私が好きになったところで、奏希くんは……もう……」

 半年後には――

 「そんなの関係ないじゃん」

 響歌はきっぱりと言った。

 「お姉ちゃん、好きなら伝えなよ。今言わなきゃ、一生後悔するよ?」

 その言葉が、律歌の心にまっすぐ響いた。

 ――今、伝えなきゃ。

 ――時間が限られているからこそ、私の想いを伝えたい。

 「……私……」

 唇を噛みしめ、震える声で律歌は呟いた。

 「奏希さんに……気持ち、伝えたい……!」

 響歌は微笑み、律歌の手をぎゅっと握った。

 「うん。それでいいんだよ」

 夕陽の光の中、律歌の決意が固まった。

 ――私は、奏希さんに告白する。

 この気持ちを、全部伝えるんだ。