とにかく人には会いたくはなかった。
だからこそ家に帰ってお遣いを頼まれたのは、家族にすら会いたくない僕にとって好都合だったのである。
スーパーまでは普通に歩けば徒歩1分、でもスーパーに着くのも嫌なので、僕は敢えてゆっくりと歩いてみた。何が面白いものはないかと普段は下ばっかり向いてるのに上を見上げてみた。視界に入る前髪が邪魔で、そろそろ切らないとなぁ、と感じた。でも今美容院に行けば、いつも明るく話しかけてくれるあの美容師さんに明るい声で返事ができない。まだ髪は切れない。
上を見たところで面白いものはなかった。が、最近は花粉が強くて目に涙が溜まっているようで、街灯を見るとぼんやりと光が分散してフィルターがかかったようになっていて、そこにエモーショナルというやつを感じたのだった。
スーパーに着く前に母から電話があった。正直出たくはない。誰かの声を聞くのもうんざりだ。どれだけ自分に余裕がないのか、わからない。いちごの特売があるかもしれないから、スーパーに着いたら電話して、と言われた。別に自分で探すよ、と僕は返した。もちろん、極力話すのを避けるためである。
スーパーに着いた。閑静な住宅地に突然現れる夜19時のスーパーは、照明が照りすぎてサングラスが必要なレベルである。おそらく二人暮らしで買い物に来ているであろう男女のカップルが異様にフォーカスされて目に入る。幸せな人たちを見てまた自己嫌悪になった。無事に買い物は済んだが、まだお腹は空いていない。三代欲求のうち、睡眠欲だけが顕著に強くなっている。寝れば全てから逃げられるような気がしたからであろう。
家への帰り道、買ったものが重いので自然と足取りは行きより早くなっていた。それでも普段の3割といったところだろうか。家に着いてドアを開けた。ドアは普段より重かった。母におかえり、と言われた。ただいま、明らかにいつもより低い声で返した。家族に何かあったの?と聞かれたいのかもしれない。聞かれたところで返しはしないのだが。
お使いで買ってきたものを、その重さの3割り増しくらい重そうに机に置いた。
それからは自室に篭った。何度も母から夕食ができたと呼ばれたけれど、リビングに行く気になれなかった。寝れば全てを忘れられる、と一時的な現実逃避をしようと僕は目を閉じた。