神殺しのクロノスタシス7〜前編〜

「あぁ、忙しい忙しい」

口癖のように言いながら、イレースさんは凄まじい勢いでペンを動かしていた。

…手際良いなぁ…。

その横では、マシュリさんが猫の手を器用に駆使して、ペタペタと印鑑を押し。

更にその横で、令月さんが錐で書類に穴を開けて、ファイルに綴じて整理していた。

更にその隣にはすぐりさんがいて、両手に糸魔法を絡ませて、不要な書類を微塵に切り刻んでいた。

…令月さん。君の目の前に、穴開けパンチがあるよ。

それとすぐりさん。君の右隣に、シュレッダーがあるんだよ。

イレースさんも教えてあげれば良いのに…。

「…。…はぁ…」

「?どうしました、天音さん」

「…ナジュ君…」

僕が小さく溜め息をこぼすと、ナジュ君が声をかけてくれた。

「元気がないですよ。ほら、チョコレートあげますから」

「あ、ありがとう…」

チョコレートで励ましてくれるなんて、学院長先生みたいだね。

ナジュ君は僕に、小石くらいの小さなチョコレートを一粒、くれた。

夕飯前だけど…ちょっとくらい良いよね?

折角ナジュ君がくれたんだし。

いただきます。

ぱくりとチョコレートを食べると。

「…!これ美味しい」

「でしょう?」

一口噛むと、チョコの中から甘酸っぱい木苺のソースがたっぷりととろけ出てきた。

それがまた絶妙な甘さと酸っぱさで、ほんのりと苦いチョコレートと口の中でハーモニーを奏でている。

市販のチョコよりもずっと濃厚で、コクのある味。

「凄く美味しいね、これ…」

「勿論。学院長の秘蔵のチョコですから」

…えっ?

びっくりして、ナジュ君の方を見ると。

ナジュ君はにっこりと微笑んでいて。

「学院長が鍵付きの引き出しの中に隠してた、秘蔵の高級チョコなんですよ」

「えっ…。こ、これ学院長先生のチョコなの…!?」

「ご明察!」

ご明察、じゃなくて。

道理で、美味しいと思った。

「だ、駄目だよナジュ君。学院長先生がいない間に、勝手に…」

帰ってきてこのチョコを食べようと引き出しを開けて、なくなってるのを見たら悲しむよ。

「大丈夫ですよ。たくさんあるんですから。一つくらいなくなったってバレません」

「そういう問題じゃなくてね、ナジュ君…」

「それに、これ、もう賞味期限ギリギリなんですよ。食べないと勿体ないじゃないですか」

あ…そうなんだ。

それは確かに…。このまま賞味期限切れで食べられなくなったら、勿体ないもんね。

すると。

「大体、それもこれも、あの二人が帰ってこないのが悪いんです」

と、イレースさんが言った。

…それは。

イレースさんが、猫の手や生徒の手を借りてまで、たくさんの仕事に追われているのも。

賞味期限がギリギリのチョコレートを、ナジュ君が失敬して食べてるのも。

元暗殺者の二人が、学院内の罠を強化しているのも、全部それが理由。

…キルディリア魔王国に向かった学院長先生と羽久さんが、いっこうに帰ってこないから、なのだ。