ーーーーー…一方、その頃。






「あぁ、忙しい忙しい」

職員室の中で、イレースさんはテキパキテキパキと、左右の手を動かしていた。

「パンダ学院長はパンダだからともかく、羽久さんがいないのは痛手ですね」

「…」

「羽久さんの分の仕事までやらなきゃいけないんだから。あぁ忙しい。こうなったら、いっそ猫の手でも借りたいですね」

と、イレースさんがぼやくと。

「呼んだ?」

窓から、しゅたっ、と猫のいろりちゃん…じゃなくて。

猫の姿に『変化』したマシュリさんが、待っていましたとばかりに現れた。

「あぁ、丁度良かった。その猫の手を貸しなさい」

「うん、良いよ」

良いんだ。

「この書類に印鑑を押してください」

「分かった。…全部?」

「全部です」

マシュリさんは、ちまっとした可愛い猫の手で、イレースさんの代わりに、書類にペタペタと印鑑を押し始めた。

…器用だね。

猫の手を借りたいって言って、本当に猫の手を借りてる人、初めて見た…。

…しかも、その印鑑。

「ところでこれ、学院長の印鑑だけど、勝手に押して良いの?」

えっ…。それ、学院長先生の印鑑なの?

それってつまり、学院長先生の許可の要る書類ってことじゃないの?

そんな、勝手に他人の印鑑を…。

危うく犯罪にもなりかねない行為だったが、しかし、イレースさんは淡々としていた。

「良いんです。押さなきゃ学院が回らないんですから」

…それは、まぁ、そうだけど。

「締め切り間近なんですよ。ギリギリまで待ってましたけど、もう我慢の限界です」

「そ、そうだけど…。でも、イレースさん…」

堪り兼ねて、僕は思わず声をかけてしまった。

「さすがに人の印鑑を勝手に押すのは…」と言おうとしたのだけど。

「…何です?」

「ひっ…」

イレースさんの、鋭い、ギラリとした眼光を受けて。

僕は言葉を詰まらせてしまい、それ以上何も言えなかった。

すると、僕の横に座っていた、親友のナジュ君が。

「駄目ですよ、天音さん。イーニシュフェルト魔導学院の女帝に逆らったら。うっかり黒焦げになりますよ」

「じょ…女帝…」

女性に対して、それはあんまりだよ。と言いたいところだったが。

…うちの学院の場合…それはあながち間違った表現じゃない、っていうのが恐ろしいね。