客室らしい部屋に、一人置き去りにされて。

そのまま、30分程放置されたかと思うと。

「失礼します」

そこに、一人の青年が入ってきた。

黒装束を着て、黒いフードを被って、顔を隠した青年である。

…見るからに、露骨な読心魔法対策ですね。

そこまでして、僕に心を読まれたくないですか。

「…誰ですか。あなたは」

令月さんとすぐりさんが、いつも着ている黒装束と同じ。

ってことは…。

「あなたも暗殺者なんですか」

「はい、そうです」

「…ふーん…」

随分と、物腰柔らかな暗殺者ですね。

そんな暗殺者もいるんだ。

恐らく、令月さん達と同じ…エリート暗殺者集団、『終日組』の暗殺者だろう。

「…お名前、うかがっても?」

「もちろんです。僕の名は『玉響』と言います」

「…」

『玉響』。…『玉響』さん、ねぇ。

聞いたことのある名前ですね。

「…それは有り得ませんね」

「有り得ない?…何故ですか?」

「だって、『玉響』さんはもうこの世に存在していないからです」

彼は確かに死んだ。僕の目の前で。

あの時のことを思い出すと、今でも歯がゆくて仕方がない。

あの頃…僕の読心魔法は、まだ完璧じゃなかった。

当時、まだ敵だったすぐりさんは、「心に仮面をつける」という特殊な訓練を施すことで、僕の読心魔法を掻い潜った。

そのせいで僕は、目の前で『玉響』さんを失った。

生きていれば、間違いなく僕達の大切な仲間になってくれたであろう人を。

「彼は死にました。だからあなたはただ、『玉響』さんの名前を騙る、別の誰かでしかありません」

僕ははっきりとそう言った。

…しかし。

「…これを見ても、そう言えますか?」

『偽玉響』さんは、黒いフードを一瞬だけ、外してみせた。

時間にすれば1、2秒に過ぎない。

彼はすぐにまた、フードを深々と被り直した。

でも、その下にあったのは、確かに『玉響』さんの顔だった。

…そんな、まさか。

「覚えているでしょう?…僕の顔」

「…えぇ。忘れられるはずがありませんから」

僕の力が及ばなかったばかりに、僕の目の前で死なせてしまったんですから。

「…鬼頭夜陰は、あなたに一体何をしたんです?」

顔は…まったく同じだった。声まで。

それでも僕は、目の前にいるこの人が、本物の『玉響』さんだとは思っていなかった。

あの時の『玉響』さんは、確かに、今イーニシュフェルト魔導学院の地に眠っている。

まさか、墓の下から遺体を取り出して、蘇生させたとか?…有り得ない。

ネクロマンサーのルディシアさんじゃあるまいし。

だからきっとこれは、鬼頭夜陰の仕組んだ罠だ。

『玉響』さんじゃない、まったく別の誰かに、整形手術を施し。

おまけに声帯までいじって、別の誰かを『玉響』さんに仕立て上げたのだ。

…『玉響』さんの姿を見せれば、僕や令月さんやすぐりさんを動揺させられると思って。

それだけの為に、他人を『玉響』さんに作り替えた。

あの鬼頭夜陰なら、それくらいのことは簡単にやりそうじゃないですか。

まったく反吐が出る。

「本当の自分を捨てさせられて、他人に作り替えられて…。それで満足なんですか、あなたは」

それって、凄く惨めじゃないですか?

いくら他人に顔を似せ、声も似せたとしても。

その中身は、変わらず別人のままだというのに。