神殺しのクロノスタシス7〜前編〜

こん、こん、ころん、と。

ターゲットの首が、ボールのように床に落ちて、2、3回転がった。

首の「断面」から、噴水のように血が噴き出した。

「え…。ま、ママ…?」

母親の返り血を、べったりと浴びた少女は。

首をなくした母親を、不思議そうに見つめ。

それから。

ぷしゅっ、と音がして、その娘の首も切断された。

「…!!」

止める暇もない早業だった。

少女が抱いていたウサギのぬいぐるみが、血で真っ赤に染まっている。

ついさっきまで、確かに生きていた二人の人間が。

あっという間に、命を奪われた瞬間だった。

そして、二人の命を奪った犯人は…。

「こんばんは、先輩」

「…!!お前…!」

今しがた、俺が入ってきたアパートの窓のところに。

黒装束に、黒いフードを深く被って顔を隠している暗殺者がいた。

「遅れてすみませんでした。ついさっきまで、別の仕事が立て込んでいたもので…」

その口調は、楽しげでさえあった。

「なんで、ここに…!」

「鬼頭様のご命令です。『八千歳』先輩の任務を手伝うように、と」

鬼頭だって。

あの男…どうして、他の暗殺者に、仕事を手伝えなんて。

すぐに分かった。

この人は手伝いなんかじゃない。俺の仕事ぶりを見張る為に遣わせたのだ。

「僭越ながら、お手伝いさせていただきました。…必要なかったですか?」

…こいつ。いけしゃあしゃあと。

「何で殺したの?」

「はい?」

「殺す必要なんてなかった。俺を見張ってたなら、君だって分かってるでしょ」

この人は麻薬中毒者ではないし、違法な薬の売買もやってない。

過去には何度か、そういうことに手を染めた経験もあるけれど。

娘が生まれてからは、やってないと言っていた。

その言葉に嘘がないことくらい、分かっているだろうに…!

「…おかしなことを言いますね、先輩」

「は?」

「殺されるべきか否かなんて、そんなこと、暗殺者が考える必要はないでしょう?」

「…」

…それは。

「暗殺者は、指定されたターゲットを殺すだけ。その理由なんて知る必要はない。相手が無実か否かなんてどうでも良い。そうでしょう?」

「…」

「後輩に講釈させないでくださいよ」

…クソ生意気な後輩だねー、君。

めちゃくちゃ腹が立ってきたよ。

こんな奴に、先輩呼ばわりされるいわれはない。

「先輩がターゲットとお喋りを始めた時は、驚きましたよ。先輩なら、ターゲットが眠ってる間に仕事を済ませるものだと思っていたのに…」

…俺だって、最初はそのつもりだったよ。

だけど…。

「てっきり、命乞いを聞いたフリをして、ターゲットを油断させてから確実に殺す、という作戦かと思ったんですが」

「…」

「まさか、本気で見逃すつもりだったんですか?」

「…うん。そーだよ」

隠したってしょうがない。

俺は、正直に告白した。

「この人はもう薬の売人じゃない。なら、殺す必要はなかった」

「考えが甘いですね。今、やってないからって、これからもしないとは限らないでしょうに」

「馬鹿だねー、君。『これから悪いことをするかもしれない』なんて理由で人を殺してたら、ジャマ王国には国民なんて一人もいなくなるよ」

「あぁ…。確かに」

誰しも、悪いことをする可能性はある。

未来のことなんて誰にも分からないのだから。

「でも、それは暗殺者である我々が考えることではないので。我々の役目は、鬼頭様の命令に従って、殺せと言われた相手を殺すだけ」

「…」

「そうじゃありませんか?」

「…そーだね」

認めるよ。君の言う通りだ。

それが、暗殺者の役目。

頭領である鬼頭夜陰の命令に従う。『アメノミコト』の暗殺者の鑑…。

「…クソ喰らえだ、そんなの」

俺は、そう吐き捨てた。